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トワノクウ
トワノクウ
第二夜 翼の名前、花の名前(三)
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上手く言えてるじゃないか」

 朽葉が苦笑したので、くうは少し照れた。

「昔ここに賄いで通ってた奴がいてな、悔しいが私はそいつ以上の味を知らないんだ。それでつい真似てしまう」

 朽葉はとても懐かしそうな表情で、指で煮物を一つ摘まんで口に放り込んだ。

「それでも同じ味は出せないがな。我ながら女々しいことだ」

 そんなことないです、と言うべき場面()()()()気がしたので、くうは黙って食事を進めた。
 その間、朽葉は考え込むように俯いたまま、たまにくうを窺う程度だった。

 食べるだけ食べて、ごちそうさまでした、とくうは箸を置いて手を合わせた。

「――さっき、早く出て行かなければ、と言っていたな」
「聞こえちゃいましたか」
「あれだけはっきり言えば嫌でも聞こえる。――沙門様のご厚意は迷惑か?」
「いいえ! 私みたいな役立たず、きっと穀潰しになってしまいます。その上こんな格好ですし、ご近所から誤解されるかもしれませんよ? 悪いことしかありません。だからできるだけ、一日でも早く住むとこもお仕事も見つけなきゃって」
「希望を潰すようで悪いが、さっき言った通いの男はそれを成し遂げるまでに一年近くかかったぞ」

 つまりその賄いの男というのが朽葉が語った彼岸人の片割れだったわけだ。
 しかし一年も長く腰を据えて元いた世界に帰る方法を探せるだろうか。鵺と夜行は都合よく出現するものではないようだし、長期戦を覚悟すべきだろうか。

(潤君も薫ちゃんも心配してるのに。お父さんとお母さんに何も言ってないのに)

 朝、普通に「行ってきます」だけで出てきた。父も母も「行ってらっしゃい」「気をつけろよ」だけだった。

「……すまない。言い過ぎた」
「いえ、そんなこと」
「とにかく。沙門様が面倒を見ると言ったからには、お前はここにいていいんだ。何もかも焦って考えることはない。急がずにできることから始めろ」

 朽葉は重箱と食器をまとめると、くうの肩を一つ叩いてその場を去った。


(できることなんて大してない。でも、何もしないわけにもいかない。こういう状況、つらいな)

 くうは欄干に額を押しつけて俯いた。ただただ自分がキライになりそうだった。





 自室に戻った朽葉は、箪笥の抽斗からある物を取り出した。
 手の平に乗る程度の、四角い模様がある丸い眼帯。そして青い髪紐。

(まさか()()()が来るとはな。これはお前の仕業か? それとも彼岸人というのは一定周期で一人二人は来るものなのか?)

 篠ノ女空。篠ノ女。――これも特別に懐かしい響きだ。
 もっとも別れて六年しか経っていないのだから彼に子供など出来ようはずがない。偶然だろう。
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