トワノクウ
第二夜 翼の名前、花の名前(二)
[1/3]
[8]前話 前書き [1]次 最後 [2]次話
到着したのはあちこちにガタが来た寺だった。
中に入るほど壁の土が剥げて中の骨が覗いており、柱の傷みや砂状の埃が目立つ。
朽葉は一つの大きな戸の前で止まる。
「こっちだ。静かに入れ」
戸を押して入った朽葉に、くうも静かに続く。
講堂だった。広く天井も高い室内には、一人の僧侶がいた。
僧侶は向かって右側の毘沙門天像に両手を合わせて黙祷している。
静謐で壊しがたい空気に、くうは緊張して息を殺す。
その空気を破ったのは――
「ぐぅ」
僧侶自身が舟を漕ぐ拍子に上げたいびきだった。
「沙門さ、ま! 起きてください、客人ですよ」
朽葉の踵落しを脳天に食らった僧侶は、奇妙な角度で床に倒れ伏した。
「いててて……いかんいかん、説法を読む内に無我の境地に落ちてしまった」
(誰が上手いこと言えと。無我どころか無意識でしたくせに)
「んー? ――」
僧侶の赤ら顔がくうに向き、くうはついびくりと肩を強張らせる。近くで接すると酒精の匂いが鼻を突いた。
「こりゃまた、今度は愛らしい娘っこが来たもんだ。六年前が蘇るわ」
僧侶にずい、と顔を寄せられ、くうは背を逸らして引いた。
「沙門様」
「おお、すまんすまん。つい懐かしくてな。――俺は沙門。以後よろしくな、娘さん。歓迎するぞ、奇怪な客人よ」
くうはできるだけ感情を削いで精細に、こちらに飛んだ瞬間のことを話した。朽葉が冷茶と茶菓子を用意してくれたが、手をつけられなかった。
「ふむ。くう――といったか。お前さんも『別世界から来た』と言うわけだな。そして、帰る方法を知りたい、と」
「そう、です」
体感型アドベンチャーで何十回も異世界トリップしてきたくうは、抵抗もなく、カラカラの喉から肯定を押し出した。喉は乾いているが、今食べ物を入れたら胃が跳ね上がる気がした。
「朽葉」
「はい、沙門様」
「話してやってくれるか。俺よりお前のほうが詳しいだろう」
「分かりました」
淀みのない声の続きを待つ。
「今までで私が知る彼岸人は二人。一人は未だこの世に留まり続け、一人は彼岸に帰って行った」
「じゃあ帰れるんですね!?」
「帰れることは帰れるんだろう。だが、あの男は帰り方を残して行かなかった。自分の他にこの世に来る者がいるとは思わなかったんだろうな」
「そう、なんですか……」
くうはしゅんと項垂れかけ、頭を振った。
(負けるなです、篠ノ女空! まだどうにもならないとは決まってません!)
「もう一人の方にはお会いできないんですか?」
そこで朽葉の表情に陰影が差した。不意に見えた朽葉の女らしい顔に、くうはどきっとした。
「……遠くにい
[8]前話 前書き [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ