それでも夜を越え、朝が来る。誰しもが生きるために
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り、満足そうにうなずいた。
「あ、あの……布団の中だけしか動けないんですけど……」
「文句があるのか? 奴隷の分際で」
「……いえ、ありがとうございます」
奴隷、という言葉にエリザの瞳は暗い影を落とした。解放されたわけではない。新しい者に拘束されただけだ。前向きに頑張ると決めたはずなのに、どうしてかまた涙が溢れそうになる。
少なくとも、ここには注射はない。自分の意思を無理やり捻じ曲げようとする者はいない。なぜか、学校にも行ける。言葉の壁は、なんとかなる。
ただ――――
「明日は俺を起こすなよ。起こしたらお仕置きだ。お前がもっとも苦痛を感じるようなお仕置きを考えておいてやる。くっくっく…………あと、人の寝顔を覗くなよ。覗いたらお仕置きだからな」
「…………はい、ご主人様」
「…………ふん」
エリザは囚われたままだった。
月は出ない。今夜は不気味なほど暗い夜だ。その方が好ましい。月明りで顔を見ることがなくなるから。
エリザは台所から持ってきた包丁を布団の下から取り出した。驚くほど簡単に、自分は世界を変えることができるのだと確信した。
所詮、自分の立場は自分で変えるしかない。この場所を去ったとして居場所などどこにもない。いや、あるにはあるが、そこはもう……。
だが、少なくとも、この少年に拘束されることはなくなる。
別に奴隷が嫌なわけではない。誰かの命令に従うのも嫌いじゃない。その方が楽な時もある。
「でも、私は…………帰りたい」
帰りたい、ただそれだけなのだ。祖国に、ここから遠く離れたあの深い森に囲まれた我が家に。畑があり、湖があり、母と父がいる、あの場所へ。
既に両親はいないけれど、それでもあの場所は、エリザにとって目指さなくてはならない大地だ。
足を前に進めなくては、きっと自分はもう、立ち上がれない。
これが最初で最後のチャンス――何度そう思ったことか。そしてそのどれもが失敗に終わった。あっけなく。
だけど、エリザはこうして生きている。不思議だと思った。死にたい、殺して、そう願ったことは何度もあるが、そのたびに自分は生きることを選んでいる。みじめでみずぼらしい姿だと思った。
「ごめんなさい、あなたに罪はない、でも」
少年は安らかな寝息をたてていた。きっとどんな不幸も知らずに生きてきたのだろう。溌剌とした表情でわんぱくに飛び回る姿がエリザをそう思わせた。なんて我儘で無知で愚かな少年だろうと。
殺すことは、初めてだ。元来、ミュータントは人殺しを好むという習性をもっているらしいが、そんなことはない。エリザは包丁を手にしただけで眩暈がしそうなほど吐き気がした。
それも、同胞を手にかけるなど、自分は許されるわけがない。
――――誰に? 誰に許し
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