第五十三話 思春期F
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拭き続ける。涙と一緒に、もっと別の何かも流れ出してしまいそうで、それが怖かった。
「お母さん…、お兄ちゃん……」
そして、どうしようもなく、寂しかった。時間が彼女から、落ち着きを取り戻させていた。温かかった家族の仲を、自分のわがままが壊してしまったかもしれない。嫌われてしまったかもしれない恐怖。どうして隠せなかったのか、抑えられなかったのか、と自己嫌悪が広がる。
アリシアに自我が芽生えたころから、彼女は一度も不満を口にしなかった。それを飲み込み、昇華することができたのは、彼女の生来の性格と、周りの優しさ。彼女が真っ直ぐに育つことができた、大切な要素。だがそれは同時に、アリシアに負の感情の扱い方を授ける機会がなかったことと同じだった。
アリシアにとって、負の感情は「悪いこと」と直結していた。立派な姉になる、と努力してきた彼女は、「良いこと」を絶対視していたのだ。行動だけでなく、自分の考えですら、アリシアは負の思いを封印し続けた。それが正しいと、ずっと思っていた。
それが崩れてしまった今、アリシアには「自分」がわからなかった。何をしたいのか、何をするべきなのか、何もわからなかったのだ。
「ねぇね…!」
「……ぁ」
だから、後方から聞こえてきた声と姿に、アリシアは蒼白になった。彼女にはもう走る体力はない。今にも倒れ込んでしまいそうな自分には、もう妹から逃げ出すことはできない。向き合わなくてはならない。「自分」すら見失ってしまっている自身が、ウィンクルムに何をするかがわからなかった。
その思いが、アリシアの足を動かした。すぐに捕まると理解していても、少しでもその時間を伸ばしたいと足掻いてしまう。涙に濡れた顔を俯かせ、ただ前へと駆け出した。
そして、それは起こった。
「えっ、待ッ―――ごほォッ!!」
「ッ、……? うえぇッ!?」
「ね、ねぇねーー!」
『……相変わらず、タイミングが悪いと言いますか、お約束と言いますか』
アリシアはウィンクルムに集中していたため、実は前方から人が走ってきていたことに気づかなかった。その人物はアリシアを見つけ、急いで向かっていたのだが、突然走り出した少女に見事に鳩尾をクリティカルヒットされた。
子どものタックルに、身体をくの字にして吹き飛ぶ男性。一応フォローするのなら、アリシアが怪我をしない様に、咄嗟に魔法ですべての衝撃を自身で受け止めたのだ。それでも子どものタックルを避けられないことや、その衝撃で吹き飛んでしまうことには目を瞑ってあげてほしい。キノコが生えそう、と息子に心配されるぐらい軟じゃ……研究熱心なお方なのだ。
「―――がふッ」
「わぁぁあぁッ! 頭から打ったぁーー!」
「ねぇね、落ち着いてッ! こういう時は、えっと、え
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