4話
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今日は「いつもと違う」と。
未だに覚醒を知らぬ少女は、染み付いた普段の行動をトレースし、シャワーを浴びる為の準備をしているだけだった。
半裸を惜し気も無く曝し、無防備にカーテンを開け、尚も騒がしく音を立て香ばしい匂いのする台所を過ぎようとして声を掛けられる。
「ん? 高音か? おはよう。
……ふむ。随分とだらし無い起床だな。
早く顔を洗ってきたまえ、間もなく朝食……も――」
声はいつもの聞き慣れた男声。だが、何だ? 言葉をとぎらせ硬直したかのような……
声のする方を見てみる。似合わないようで身体の一部然と着こなしたエプロン姿におかしなところは無い。無いが、その白髪を降ろした表情は口を閉じるのを忘れ、呆然とこちらを見ている。
それを訝し気に思い、自身の身体を見て――
「い、いやあああぁぁぁ――――ッ!!」
――盛大な悲鳴と共に、無意識に纏った「影」付きの渾身の右フックが相手の顎に突き刺さる。
――相手を殴り倒してから漸く現状を把握した少女「高音」は、殴り倒した相手「士郎」に直ぐさま謝罪する。
士郎としては被害者なのだろうが、「そのつもりが無くとも、女性の肌を見てしまったのだから、こちらにも非はある」と同じく謝罪する。勿論、目は閉じながら。
直ぐさま高音に身仕度を促し――十数分を置いて二人は食卓にて相対する。
黒いカッターシャツに黒いスラックス、そこにエプロン着用のままの士郎の表情は外見上いつも通りである。
水色のセーターに紺のジーンズ、普段着の高音は逆にやや俯き加減で気落ちしているのが分かる。
そんな高音だが「気に病むことはない、気に病むとしたらこのままでは冷めてしまう食材達にしたまえ」と言われてしまえば、頷いて思考を切り替えるしかない。確かに、列ぶ料理は香ばしく香り立ち、今か今かと時を待ち侘びているようだ。
これでは罪なく、ヒトの為に身を捧げた食材達に申し訳が立たない。なら、謝罪と感謝を込めて、この国の作法を取れば良い。
「いただきます」
一つ言葉を出し、一つ口に料理を運ぶ。
そうすれば、ほら。
嫌なことを忘れて幸福に笑顔も禁じ得ない。後は落ち着いて箸を伸ばしながら、幸せの味を噛み締めれば良いのだから。
料理は「ヒトを幸せにする一番身近な魔法」と、目の前の男が言っていた。
美味しいと笑顔を見せ、それを見て――互いに幸せになれる「魔法」だと。
食卓に列ぶシンプルな和食。そのどれもに際立つモノは無いが、どれもがきめ細かい技術と気配りで出来ている。
派手さは要らない。少なくとも高音には。
あるのは彼女が親しみを持つ、この「士郎」が作る料理。疲れた身体をゆっくりと解すように、自身に良く馴染むその幸福感。技術だけなら、他にもこれ以上の料理を出すヒトが居るだろう
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