暁 〜小説投稿サイト〜
打球は快音響かせて
高校2年
第三十四話 粘り
[1/7]

[8]前話 前書き [1] 最後 [2]次話
第三十四話



水面商学館の学校は水面市西区の街中にある。
周囲には高級マンションや企業オフィスが立ち並ぶ中に、洋館風の校舎と運動場、そして野球場がある。

100年近い伝統のある硬式野球部の専用球場はバックネットが錆び、ベンチは古びていた。観客席に掲げられた「全国制覇」の横断幕はところどころ汚れていた。そんな野球部の球場に、ある春の日“彼”がやってきた。

「ど〜も、丸子克哉で〜す。今日からお前らの監督になっちまったけ、どうぞよろしく〜」

丸子監督はジャージ姿で無精髭も剃らず、寝癖のついたままの頭でグランドに姿を現した。集合した部員達は呆気にとられる。

「あの、監督、今日の練習は……」
「あ?普通にすりゃあええよ、普通に」

そんな新監督・丸子の練習メニューは至って普通。いや、普通ではなかった。
“普通の練習以外の練習が無くなってしまった”のだから。

キャッチボールに時間をかけ、ボール回しはタイムを切るまで延々続ける。ノックは普通の内外野のノックと中継プレーの練習だけで、それまであったトリックプレーやサインプレーはそもそも作戦のオプションから除外された。丸子監督が「そんなものは必要ない」と言ったからだ。

打撃においても、普通のフリー打撃やティー打撃ばかり。ただ、数をこなすようになった。ここでも、攻撃のサインが劇的に減って、バント盗塁エンドランの三つだけに。細かい作戦、意表を突く作戦は一切なし。

「お前らはなぁ、帝王大にも海洋にも行けなんだ連中や。やけん、細かい事やろうたって、無理や。細かい事やろ思たら、普通のプレーがおろそかになるやろ。そげんなモン求めとらんけ。」

費用対効果。丸子監督の重視したモノはこれである。トリックプレーの練習をいくら積んでも、それを発揮する場面は少なく、それが成功する事は更に珍しい。練習したって報われない事の多いプレーなのだ。一方、必ず野球の試合で起こりうるプレーと言えば、投手は打者に向かって投げる、内野手はゴロを捌いて一塁に投げる、外野手はフライを捕る、打者は投手からヒットを放ちにいく……これらのプレーである。野球の試合において多くを占めるこれらのプレーを徹底的に鍛え、それ以外は放っておく。これが丸子監督の野球である。

「ピッチャーはバッターを抑えりゃええんよ、バッターはヒット打ちにいきゃあええんよ、ランナー出てゲッツーがもったいなきゃ送ればええんよ。普通に“野球”で勝負しようや。負けてもーたら、残念でした、力足らんでごめんなさい、それでええんやけ。また次までに練習し直したらええんやけ。みんな、“野球”をやろうで。」

丸子監督はこう選手に語りかける。
その1年半後、愚直とも言えるシンプルな野球を展開した水面商学館は、13年ぶりの夏の甲子園出場を決めた。ヒ
[8]前話 前書き [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ