第十九話 長雨
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自分の傘を畳み、彼女の横に並んだ。
「こんな傘、持ってたんだ?」
何となく、そう問いかけた。
「うん、これお母さんが昔使ってたやつなの。」
「へぇー。」
と、そこで会話が止まってしまった。何時もなら、何も考えなくても、話すことが出来るのに。ただ、今はずっと降り続いている雨が傘に落ちる音で、その沈黙を埋めてくれた。
一頻り、歩いて着いた場所は、共同墓地だった。英雄が刻まれる石碑の前に僕たちはいる。辺りは暗く、灯りは、遠くに見える民家から漏れるものだけだ。街灯も少しはあるが、この激しい雨の中では、そんなに意味を持たないらしい。ハナに、何をしに来たのか、そう聞こうと思った時、彼女は僕から離れていった。雨から守ってくれていた赤色の番傘もなくなり、僕はすぐに全身が濡れる。
「ハナ?」
赤色の番傘を持ち、僕の前に立つ彼女は、泣いていた。頬から白い肌を涙が一筋、また一筋と落ちていく。
「ごめん、ごめんね。ちょっとだけだから、イナリ。」
雨に消し去られてしまいそうな程の細い声で、そう言った。声をかけようと前に足を踏み出したその時、ハナの後ろから人がたくさん現れた。若い女性、男性、おじいちゃんや、おばあちゃんも含めて。皆が僕の事を見ていた。
そのうちの30〜40位の男性が前に出た。僕は、この人を知っていた。何度か会ったこともあり、挨拶もしたこともある。
「ハナの、お父さん?」
雨に濡れて、少しずつ寒気がする。ただ、それは本当に雨に当たってなのか、それともこの異様な光景のせいなのか。
「そうだよ、イナリ君。今日は、君にお願いがあって、ハナに呼んでもらったんだ。」
「お願いですか?」
そう、聞き返しながら、お父さんの顔をしっかりと見ようとした。その瞬間、僕は戦慄した。どうしようもなく、心を乱された。ハナのお父さんの目は、くすんで濁っているように見えたのだ。僕が動揺しているその間に、彼は“お願い”を呟いた。
「死んでほしいんだ、君に。」
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