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乱世の確率事象改変
彼女は雛に非ず
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 皆まで言うのも待たず、春蘭は秋斗を背負って天幕を出始めていた。その身体に縋るように……畏れと後悔と悲哀が混ぜ合わされた悲痛な表情で朱里が駆け寄って行く。しかし――

「近付かないで」

 雛里がその前に立ちふさがった。それでも、朱里は秋斗に縋ろうとして、雛里に身体で止められる。

「や、やだ。やだよ雛里ちゃん! 秋斗さんは桃香様が作る世界を望んでるんでしょ!? 曹操さんの所へ行ったら――」
「そうだよ。あの人は桃香様が作る優しい世界を何時でも望んでた。だから! だから信じてあげればよかったのに!」

 雛里が睨むと朱里は目を見開いた。自分が何を出来ていなかったのか示されて、その瞳から再度涙を溢れさせた。
 最初から信じていればよかった。離れたくない気持ちよりも、離れても繋がっているのだと信じてやればよかった。
 対価として差し出すのも呑み込めと己が主に示し、利害を計算し尽くして大局を見れば良かった。桃香と愛紗に納得させればよかった。
 例え、秋斗がこの先で使い捨てられようと、そうはならずに必ず帰ってくるのだと信頼してやればよかった。
 彼女は軍師。時には冷徹に味方も駒として見なければならない。されども信を置いたままで、それさえも計算に組み込まなければならない。
 この事態は王が『人』のままである劉備軍が徐公明を有し、曹操という覇道に救いを求めたからこそ起こり得た事であった。

――これで諸葛亮は本物の軍師になる。怪物が乱世に産声を上げるでしょう。しかし……こちらは対抗する存在を手に入れた。

 朱里は雛里に抱かれたまま、力無く崩れ落ちた。小さく、ほんの小さく、華琳の耳にもどうにか聞き取れるような声の大きさで呟きを零した。

「行かないで……雛里ちゃん……秋斗さん……」

 既に春蘭は天幕から出て行っている。聞こえてはいても、雛里はゆっくりとその身体を離して地に座らせ、軍師たる姿のままで桃香と目を合わせた。

「桃香様」
「雛里ちゃん……」
「私は今よりあなたと袂を分かちます。今までありがとうございました。あなたの優しさは民の標であり、きっと……大陸を救う事が出来るでしょう。ただ、私はあなたとは飛べません。あなたの作る世界を否定します」

 冷たい瞳に圧されないようグッと力を込めて、桃香は雛里の話を聞き続けていた。喚くことも無く、怒る事も無く、静かに嘗ての臣下の言葉を聞く姿は成長途中。これを経験としてさらなる成長が出来るだろうと華琳の目には映っていた。

「もう……私にはあなたが世に平穏を齎す事が出来ると信じられないんです。嘗て切り捨てた人だろうと諦観出来なかった、自分で選ぶ事が出来なかったあなたに覇の道は歩めない。……っ……私の中であなたの理想はもはや幻想となりました。薄暗がりの中を誰か
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