彼女は雛に非ず
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何も映さない昏い瞳が頭に思い出される。彼が私を見てくれない事が怖くて仕方ない。怒ってくれるならいい、あたってくれてもいい、憎んでくれてもいい……でも、ちゃんとここにいる私を見て欲しい。
どうか、彼が彼でありますようにと願って、怯えを心から追い払うと……漸く嬉しくて、愛しくて、耐えようのない気持ちが止めどなく溢れ出してきた。
ゆっくりと彼の目が開かれる。湧き上がるのは、彼が生きていてくれて嬉しいと、それだけだった。
ぼんやりと、彼は宙を見つめていた。後に、私に視線を向ける。
ドクンと心臓が大きく跳ねる。身体に熱が込み上げてきて、心が暴れ出し始めて、私は言葉を紡ごうとしても、何故か何も出て来なかった。
それは罪悪感からの抑圧であったのか、それとも心に言葉が追いつかなかったのか。
ただ……彼の瞳が綺麗すぎたからなのかもしれない。
彼の瞳に絶望渦巻く昏さは無く、悲哀込み上げる暗さも無い。
「……ここは?」
暖かい声音は戦場を住処とする黒麒麟のモノでは無く平穏を生きる彼のモノ。私は直ぐに思考が回り出す。
「ここは華琳さ……曹操様の領内にある出城の一室です。倒れてしまってから七日も眠っていたんですよ」
彼は大丈夫かと心配する心と同時に、報告ならばこんなにも直ぐに言葉に出来るのかと哀しい気持ちが湧いてきた。
秋斗さんは視線を外してそのまま押し黙る。
何を考えているのか聞いてみたかった。でも、自分で答えを出せるならその方がいいから何も聞かなかった。
私も思考を回していく。その最中で、何故か頭の隅に警鐘が鳴り響いた。
――どうして、絶望の海に沈んだのに彼はあんな綺麗な瞳をしているのか――
むくりと彼は身体を起こした。走る痛みに顔を引き攣らせながら。
後に、私の大好きな優しい笑みを向けてくれた。
だから私の思考は嬉しさで真っ白になった。心は幸せで満たされていった。
頭に鳴り響く警鐘が聞こえない振りをしてしまった。
――どうして、いつも通りに彼は将としての現状把握をしなかったのか――
「そうか……俺が眠ってた間の世話をしてくれたのか。ありがとう」
穏やかな声音は私の胸を満たしていく。
鳴り響く警鐘は警告に変わっていく。
――しっかりと彼の様子を見極めて、何がおかしいかを理解しなければならない。ほら、おかしい所はこんなにある――
愛しさ溢れる気持ちに思考が勝てるはずも無く、彼に抱きついて言葉を返そうと……する前に頭を撫でられた。初めに出会った時のように優しい手つきで、やっと温もりを与えてくれた。
心と思考は混ざる事は無く、されどもどちら共が事実を理解する事を拒んでいた。
最後の警告が頭に響いた。
――此処にいたらダメだ。この人とこれ以上話
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