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英雄王の再来
第6騎 決裂
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せぬ内に、エルは部隊を纏め、シャプール砦を発った。部隊は、彼が言っていた通り、アレスセレフ・クレタ、レティシア・ヴェルム、キュール・アトナ、トレェルタ・パルス、ジムエル・シャルスベリアの騎兵のみ、5百騎である。騎兵のみであれば、クッカシャヴィー河までは、3日から4日程度で駆け抜ける行程だ。

 エル・シュトラディールが、5百騎を率いてクッカシャヴィー河へと発ったその夜半過ぎの頃、シャプール砦では異様な事が起ころうとしていた。
 静寂が包むシャプール砦の夜は、普段よりもその身を輝かせる月に照らされていた。砦にいる人間は、見張りを除いて、もう眠りに付いている頃合いである。しかし、その様な時になろうとも、身を起こしている人間はいるものだ。そのうちの一人である、ミルディス州総督、現在は捕虜のテリール・シェルコットは今後の身の振りに、考えを駆け巡らせていた。
 彼を悩ませているのは、自分自身の待遇でも、この幽閉されているベッドの寝心地でもない、先ほどの大広間での一件である。・・・エル・シュトラディール、アトゥス王国王位継承権第三位の王子。この年端もいかぬ子供を、図りかねている。自軍の何倍もの敵軍を翻弄する奇策をやってのける“軍略”の手腕、年長の部下を乱れなく統率する“威”、私を2合と打ち合わせなかった“武”、そして、国を左右しかねない王太子崩御に対する迅速極まる対応の“政略”。どれをとっても、年齢に見合わないのだ。彼をある種、誉め称える対象と認識出来るが、同時に、アカイア王国、ミルディス州にとって、いや、全ての隣国、属州、属国にとって“危険”な対象と言えるかもしれない。「何とか、早目に消させねばなるまい。」そう、小さく呟いた時である。この部屋の扉が音をたてて開いたのだ。シェルコットは、宵闇に乗じて殺しにでも来たか、と身構えた。残念な事に、彼には対抗する手段はなかったのだが、身を固くして抵抗の意思を見せる。しかし、その扉からは甲冑に身を包んだ兵士ではなく、豪奢な服を着たもう一人の王子が姿を見せた。暗くて良くは見えないが、灯りの蝋燭が照らすその顔は、ヒュセル・シュトラディールだった。蝋燭は、ヒュセルが手に燭台と共に持っているのだが、その下から照らす灯りのせいか、その顔には“異様な雰囲気”を持たせる。訝しく、思いつつも声を掛けざるを得ない。

「・・・何か、ご用か?ヒュセル・シュトラディール。」
私は努めて、平静を装う。彼は、私の問い掛けに少しばかりの反応を見せる。手に持つ燭台を顔の高さまで持ち上げたのだ。手が上がると共に、彼の顔がはっきりと見えてくる。私は戦慄した。どうしようもなく、心が乱された。彼の目は、大広間で見た時とは異なっていた。その目は、濁っているのだ。元々は、夕闇を思わせる深い赤色だったが、その色はくすみ、焦点が何処に向いているのか、分からない。
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