第6騎 決裂
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第6騎 決裂
アトゥス王国暦358年4月30日 深夜
シャプール砦 客室
ミルディス州総督 テリール・シェルコット
アカイア王国の属州や属国のなかでも、ミルディス州は非常に裕福な地域であった。それは、本国への貢献度を示すものでもあり、総督として持つ権力も大きくなる。その他を優越する力で、贅を尽くしていたテリール・シェルコットは今や、敵国の砦の一室に幽閉される身であったのだ。しかし、今、彼の心を乱しているのは敵の脅威ではない。むしろ、彼にとっては“闇の中の、一筋の光明”であるのかもしれない。
“ノイエルン・シュトラディール王太子、御落命”
その、雷の如く、激しい苛烈さを含む報告が届けられたのは、つい先程の事だ。
「・・・何と言った?」
エル・シュトラディールは、その人に珍しく、報告の意味を理解出来なかった。
「ノイエルン殿下が、戦死されたのです・・・エル様。」
報告に来たレティシア・ヴェルムは、年下の指揮官を鑑みたように言葉を選んだ。その言葉に、エルと呼ばれた年下の指揮官は目を見開く事で答える。場は波を打ったように静寂が包み、風で揺れる窓の音だけが響く。その窓から見える外の景色は、いつの間にか黒く重苦しい雲が、青々しかった空を覆っていた。
永遠に続くかに思えたその静寂は、誰もが予想し得ない鋭い音に打ち破られる。窓から射し込む暗い光を反射して、一瞬の煌めきを見せた長剣が椅子に突き刺さったのだ。先程まで、エルが座っていたその椅子に。
誰もが息を飲んだ。その一瞬の出来事に。この部屋にいた人間の誰一人として、それを目で追えた者はいないだろう。先程とは違う意味で、話す者も動く者もいない。しかし、剣を投げた本人は、椅子に刺さり、未だに揺れている剣に向かって、ゆっくりと歩を進めた。やがて彼は剣に辿り着き、何事も無かったかのように一気に引き抜いた。
そして、鋭く光る白刃を持つ彼は、振り向いてこう言った。
「詳しく話せ、レティシア。」
何でもない、ただの、“状況報告をせよ”と言う命令である。しかし、この場にいた人間は、いや、この場にいないどんな人間でも、彼の目を直視出来た者はいなかったに違いない。
エルの命令に、レティシアは一瞬の間を置いた後、詳しい報告を始めた。報告によれば、ノイエルン王太子が戦死した事実は、間違いではないようだ。ノイエルンは、1万5千の兵を率いて、アトゥス王国の東にあるクッカシャヴィー河方面に出陣していた。それは、チェルバエニア皇国が国境付近のヨルマカイネン河を越え、アトゥスの領土に侵犯した為である。東方の砦を昨年末に失っていたアトゥスは、兵力を配置出来ていなかった。それに焦るアトゥス軍は、王太子を主将とする陣を容し、クッカシャヴィー河付近で両軍が対峙するに至った。
クッカシ
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