第16話:ただ自分を超えるために(1)
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「そうなんだ。嘘ってことは無いよね」
「嘘なんてついてどうする。気になるなら森島にラップ聞いてこいよ」
向かい側のプールサイドで先輩マネージャーと一緒にノートに何かを書いている森島を指差す。二人とも笑顔で、仲良く作業をしているようだった。
「ううん、はるちゃんには後で聞くわ。ありがとう、私の泳ぎを見ていてくれて」
「そうか? まあ、これくらい誰でも言いそうだけどな」
「それでも! ありがとう」
知子は、笑顔を向けてこちらを向く。俺は照れくさくなって頭を掻く。本当に精神も中学生に戻ってしまったみたいで、胸の辺りがむず痒かった。
「どういたしまして。それより、早めにスタンドに戻って休んでおきな」
「うん、それじゃあ1フリ頑張ってね」
知子は壁から身体を離し、スタンドへ向かう階段に向かって歩いていった。きっとベストが出たことや欠点を克服できたことから来る嬉しさなのだろう、その足取りはすごぶる軽やかであった。俺もそんな姿を見て、自分のように心が温かくなるような気持ちになった。そうした姿が見て、俺もレースを頑張ろうとする気になる。それが、個人種目なのにみんなで頑張る競泳の醍醐味なんだ。
知子と離れた後も、俺はその場に留まり周囲をのんびり眺めていた。視線をアッププールの一角に向けると、古巣のスイム輝日南の選手やコーチの面々が見えた。せっかくだし、挨拶しに向かうかと思い、俺はその場から離れ集団に近づいた。
「お、拓じゃないか! 久しぶりだな」
「ご無沙汰してます。コーチもお元気そうで」
俺は、コーチに頭を下げる。「元気そうだな」「はい」と、とりとめのない世間話を興じながら俺は周囲のスクール所属の選手達を見る。二人ほど知っている顔があったが、残りの年少の生徒は既に俺の知らない選手だらけであった。選手の数人かは、俺の知らない新任のコーチに「あのひとだあれ」と尋ねられており、困った様子であった。
「選手もコーチもいろいろ代替わりしてしまいましたね」
「まあな、お前の知っているのは知子と響を除けば、五年の逢、それにそこにいる四年の健太と敦だけじゃねえか?」
「……ですね」
自分のかつて居た場所が、他の知らない誰かで一杯になっていると、居場所が無くなっていくようで寂寥を禁じえなかった。思い出というものは代わらないけど、周囲は時間の変化と共には変わっていくもんだ、ということを再確認したような気がした。
ふとアッププールから少し離れた飛込み台付近で騒ぎ声が耳に入ったので、コーチと共に一緒に声のした方を向く。すると、俺の知らないスクールの選手が騒いでいるのが見えた。横ではレースを終えた響が慌てている様子
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