第七章
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「これ位はな」
「何ともありませんか」
「かすった位だ」
こう言うのだった。
「これ位は何ともない」
「そうなのですか」
「それにしても悪いな」
ここでこうも言った奥田だった。
「もう私は浪人、あてのない身だというのに」
「いえ、私は貴方の妻ですから」
おみよにとっては目を見開かせる言葉だった、言った女も応えている奥田も彼女がいることには気付いていないが。
「ですから」
「共にいてくれるのか」
「はい」
言うまでもないという返事だった。
「妻なのですから」
「そうか、ではこれからもな」
「お願いします」
こうしたやり取りが今は誰もいない長屋の中の小さな寺子屋の中で行われていた。彼等の家でもあるそこで。
それを見てだ、おみよは薬や包帯を懐に収めてそのうえで長屋を去った、それと共に日本橋からもすぐに去った。
そしてだ、次の日だった。
おみよは籐次に薬と包帯を渡した、そのうえでこう彼に言った。
「使いなよ、いざって時にね」
「へっ、薬と包帯でやんすね」
「怪我でもした時にね」
賭場で賭けをする前にだ、こう言ったのである。
「使えばいいさ」
「何で薬なんかを」
「たまたま貰ったんだよ」
おみよは細かいことは言わずに述べる。今日の賭場は寺で周りでは坊主達が丁半の用意に動いている。客もそろそろ来ている。
「けどあたしは使わないからね」
「姐御も怪我はしやすでしょ」
「いいんだよ、その薬はね」
煙管を手にして言う。
「だからね」
「あっしが貰ってもでやんすか」
「いいんだよ」
こう籐次に言うだけだった。
「別にね」
「じゃあ」
「さて、今日もね」
目を丁半の方にやってだ、おみよはこうも言った。
「稼ごうかい」
「稼いでもすぐに人助けに使いやすね」
「博打で手に入れた金は貯めるものじゃないよ」
何処か達観した言葉だった。
「それに悪いことにもね」
「使うものじゃないってことですね」
「金は必要なだけあればいいんだよ」
こうも言うのだった。
「だからね」
「いつもの様にですね」
「そうさ、困っている人達に渡すんだよ」
「じゃあ今日もでやんすね」
「勝ってね」
そしてだというのだ。
「そうするよ」
「わかりやした、それじゃあ」
「まあ、色々あるさ」
ここでだ、おみよは遠い目になって述べた。
「人間ってのはね」
「色々ですかい」
「そうさ、まあ忘れることは忘れてやっていかないとね」
自分に言い聞かせてからだった、そのうえで。
おみよはこの夜も博打に精を出した、それで手に入れた銭を人助けに使った。彼女だけにあったことを隠して。
女侠客 完
2013・11・
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