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王道を走れば:幻想にて
第三章、その3の2:前に一歩 ※エロ注意
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 こつこつと、寝静まった邸宅にヒールの足音が響く。潜まった中に響くそれはいたく遅いリズムで奏でられ、家中の者を気を惹いてはならぬと一歩一歩確かめるように歩いているものでもあった。盗賊である筈もない。盗みに入る邸宅で態々ヒールを履くうつけが何処にいようか。
 足音が階段から戸口の方へと移ったその時、正に今し方降りたばかりの階段の方から声が掛けられた。

「お母様、朝からどちらへ行かれるのです?」

 戸を開けんとしていた者はびくりと背を震わせる。その者、ミント=ブランチャードは貴族としては稀な、粗野な茶褐色の外套を纏っていた。彼女は静かな笑みで己の美しき娘を視た。キーラは思わず息を呑む。母の笑みは穏やかでありながらも、まるで裁判官のような有無を言わせぬ圧力を有していたからだ。

「キーラ。約束して頂戴。決して私がどこへ向かったかお父様に言わないと。秘密を秘密のままにする事が出来ないほど、貴女は賢しくない女性ではない。いいわね?」
「えっ・・・でもお母様」
「いいわね?」
「・・・分かりました。私は、何も見ませんでした」

 一つ礼をしてキーラは己の寝室へと戻っていく。ミントは申し訳なさそうにその背を見送った。

(御免なさい、キーラ・・・そして、ミラー様)
 
 胸に秘めた覚悟が邸宅の戸をそっと開け放つ。夜明けの白々とした空は今はすっかりと青々としたものへ変じている。朝と昼の間、空気が澄み渡る時間である。ミントは外套のフードをさっと被り、人目のつかぬよう邸宅と邸宅の間にある小路を選んで歩んでいく。
 足取りに迷いは無い。彼女が向かう先がはっきりとしている。其処は今のブランチャード家の難事の解決に、明瞭な解決策を提示する場所でもあるのだ。代償としてとても大きなものを要求する点を除けば、実に良心的で頼り甲斐のある場所だ。酩酊状態の夫の独り言を聞かねばそもそもそのような場所など知る良しも無かった。
 歩を進めて十分余りの近き所にその建物はあった。丁度貴族の邸宅の林と軍施設の林の間の区域に位置している。三階建ての無骨で立派な石造りのそれは、それぞれの住民の行き来を管理する関所のような風合いであり、それに相応しき厳しい色合いの革鎧と纏った番人が立っていた。歳は三十後半あたりか。ミントが近寄ると彼は目敏く言う。

「どうしたんだ、お前?そんな風体しても銀食器みたいな気品が漂ってくるぜ」
「・・・貴方々の棟梁に、用があります。どうかお通し願えないでしょうか?」

 男は面白げにミントを嘗め回すように見下ろす。そしてにやりと口端を吊り上げて建物の戸を開いた。男に続いてミントが入る。
 入り口に構えられたその部屋は機能的にインテリアが置かれており、壁には剣や斧槍が掛かっている。ミントが戸を閉める。番人の男と二人きりとなった。
 
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