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王道を走れば:幻想にて
第三章、その2:西日に染まる
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れた。『期待している』、『相応の働きをしてくれ』、『良き結果を生み続けてくれ』、『見損なわせるような真似はしないでくれ』等々。宮中に入るまでの大量のステップを無視して入内した慧卓にとってはその言葉は錨のように重苦しいものであり、その誠実さゆえに心中に大きなストレスを抱えてしまったのだろう。取り柄無しの学生が急に大株式会社に入社させられ、取締役委員会他重役の方々に直接声を掛けられるようななものだ。
 食事に没頭する傍ら慧卓の意識が確りと自分に向けられて二言目を待っていると悟り、熊美は語っていく。

「・・・あのね、慧卓君。貴方の心労は理解できるわ。私だって、此処に召還された時はそうだったもの。いきなり首相や将軍クラスの人間から期待の目で見られるのよ?逃げ出したくて、期待に応えたくて、まともじゃいられなかったわ」
「・・・そうでしたね。というか、俺より酷い状況だったんでしょ?」
「そう、ね。でも状況が酷いか酷くないかなんて重要じゃないの。その人自身の価値観と覚悟によって、状況なんて二転三転景色を変えるから」

 慧卓がついと顔を上げる。不敵ななんとなしに弱気な色を瞳に浮かべていた。熊美は一つ一つの言葉を吟味しながら、ゆっくりと彼の心の深奥を温めるように言う。

「慧卓君、これだけは覚えておいて。大きな偉業を成し遂げるには、想像も出来ないような計り知れない時間が要るの。そしてその準備の一歩は必ずしも冷静なものとも、効果覿面なものともいえない。でもね、何時か、何時の日か、その経験は己を助ける事になるのよ」
「・・・はぁ」
「貴方には時間がある。沢山の時間が。今の自分を見詰めるのに一日くらい費やしても誰もとやかく言わないわ。だから今は冷静に自分を見直しなさい。じっくりと時間を咀嚼して、余裕を持って『セラム』を生きなさい。それがきっと、あの貴族の方々にとっても一番嬉しい筈よ」

 言葉に籠められた思いは探り探って尽きぬほど。言葉を零す中で熊美は、慧卓の曇った表情を見詰めながら己の若き頃を想起していた。道場からの帰宅中に遭遇した世界を跨ぐ転移。天地を震わす轟音の中じゃぶじゃぶと音を立てる血池、それに浮かぶ人体の毀損品。陰惨に生きる欲情深き人間模様。戦火の合間路上の花のように咲く癒しの日々と、恋想った人。全て今は遠き日々であり、今の自分を創る日々であった。
 慧卓にも同じ事が起きるとは思いたくないが、もしそうであっても自分以上に立派で、人から慕われるような人間になって欲しい。だからこそ今の艱難辛苦を乗り越えて欲しい。そんな思いを籠めた言葉は深意まででなくとも少しは届いたのかもしれない、慧卓の表情から少し曇りが消えたような感じがした。
 熊美は些細な話題を扱うかのように苦笑を浮かべて言う。

「辛気臭くて御免なさいね。やっぱり私、説教は苦手だ
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