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王道を走れば:幻想にて
第三章、その1の3:方々に咲く企み
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畳から足が離れ、手入れをされた芝の上をそっと踏みしめていく。綿のように姿を留めぬ雲の陰から差し込む月明かりに、キーラの赤い美顔が映し出された。愁いと帯びていた表情は今や晴れており、秀麗で可憐な笑みを浮かべていた。

(・・・お父様。私、少し勇気が出てきました)

 くるくると円を描くように踊るキーラは、思いと共に瞳を慧卓に注いだ。真摯的でありながらも羞恥を覚えている黒眼と視線が合い、キーラの心が焚火を点けたかのように温まった。
 彼女は本当ならば舞踏会に誘われて欲の余りを弄ぶ高貴な方々に媚を売らねばならなかった。場合によっては既成事実を作る事もまた視野の一つに入れざるも得なかった。だが今となっては詮無き事であり、その代償として名誉も身分も知れぬ新参の異界人と舞踊をするのみ。しかしそれでもキーラの心を諦めの境地から拾い上げ、小さな希望を残すには充分なものであった。

(だから今日だけでいいですから、約束を破るのを、お許しください)

 それとなく自らの諦観を払った青年、御条慧卓という異界人に感謝しつつ、キーラは心の中で父君に謝罪を述べた。
 その二人の様子をコーデリアは温かな表情で見守っている。彼女は友人が元気付けられた事に喜びを抱いていたのだが、キーラの晴れやかで何処か男心を燻るような笑みを見た時、自分の胸の奥に痛みにも似た不満を浮かべている事に気付いた。

(・・・なにかしら、この胸の中の、もやもや)

 笑みが俄かに曇って華の内から小さな棘が生えていき、それが幸いな事に風に運ばれた雲の影が隠していく。心の移り変わりに気付かぬ舞踊の二人は、先よりも漠然と縮まった距離を保ってステップを刻み、互いの瞳を見詰め合っていた。





 がらがらがりごりと、寝静まった都に似つかわしき不穏な音が鳴っている。まるで鉄格子が無理にも外されかかっているかのような乱暴な音である。事実その通りであった。

「よいしょぉぉっと・・・ぁぁああっ、やっと着いたぁぁ!」
「お前っ、声を抑えろ、この馬鹿っ!あんぽんたん!」
「ちょ、ちょっと!折角此処まで案内してきたってのにそりゃないですよ、御主人!」

 金属音にも比例するくらい大きな諍いの声が響き、家屋の石壁に反響した。そろそろと顔を出して通りを窺ったのは、女盗賊パウリナであった。夜間警備につく憲兵に捕まれば命を取る序でに乱暴を働かされる恐れがある。幸いにも憲兵はおろか、家屋の住人にも気付かれた様子はなかった。
 彼女の後ろからもう一つ、人の影形が顕となった。茶褐色のロープに生臭さの漂う剣を隠した体格の良い男だ。彼は王都の中央に聳え立つ、奥ゆかしくも堂々とした闇を月光より隠す、王都の聖鐘を見据えていた。

(・・・あれが王都の聖鐘。王宮の正門広場に聳える塔。それが月の方に見え
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