第一章、その6:血潮、ハゲタカの眼下に薫る
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た。老練さを示すような皺が顔に幾本も走り、白髪を伸ばしたその厳かな顔付きをより厳格に際ださせている。口元はきりっと引き締まり、その手元には一冊の厚い本が握られていた。老人は深海のような深い紺碧の司祭服を纏い、その端を地面に引き摺りながらゆっくりと兵達の間より姿を見せた。兵達はその表情に敬服の念を現す。従軍神官の前では、例え乱暴の気を持つ者であっても、父親の面罵を受けたかのように大人しくなる。
老人はコーデリアに深々と一礼をすると、円の内へと足を踏み入れた。それに合わせて熊美とカルタスは歩みを始め、円の中心へと進んでいく。両者は三メートルほどの距離を開けて立ち止まり、互いの戦意に昂ぶった瞳を睨む。老人が両者の間に入るように歩を進め、その手前にて立ち止まる。まるで、格闘技の試合が始まる前に行うルールチェックのような光景である。
「両者、武器を交わされよ」
静かに繰り出された低い声に合わせて、両名は己の得物を両手で掲げて刃を交えさせた。熊美の大剣の腹がカルタスの斧槍の穂先に触れて、僅かに金属の涼やかな音が走った。神官は手にした本を広げてページを捲ると、片手を翳して鷹揚に言う。
『セラムが清廉なる神官が、霊魂の世におわす偉大なる主神に申す。神の博愛は偉大にして雄大であり、諸人の御魂を現世に棄て置かず、等しく楽園へ導き給うものなり』
開かれた本に走る、流麗な文字の羅列が淡く光り、翳された掌全体に星のようにうっすらとした紫の光が宿る。光が一つ煌いた思った瞬間、まるで蛇の如くするりと伸び、熊美とカルタスの腕から得物の刃先にかけて巻きつく。蛇が紫から血の赤に変じて、老人の言葉とともに巻いた部分に溶け込んでいく。
『されば我らは主神に乞い給う。汝ら戦人の御魂を刃に縛り、今生ただ一度の剣戟を交わし給う事を』
本と老人の掌から光が消えうせ、蛇が完全に熊美らの腕と得物に溶解する。そして衆目を集める中、刃の腹に赤い紋様が浮き出た。幾つもの枝に別れて伸びる、一本の枝だ。枝先が鋭く尖り、まるで血潮のように赤く、赤く輝いている。老人がそれを確認して本を閉じ、静かに踵を返した。
コーデリアが静かに指揮官に告げる。
「賊徒が妙な事をする素振りを少しでもしたら、一気に制圧しなさい」
「承知」
老人が円より外に出ると、開けられた道を閉ざすように兵達が互いの距離を詰めた。老人はコーデリアの後ろに控えて円形の中央へと振り向く。円を象る兵達が獲物を両手で握り締め、天へ切っ先を向けるように己の眼前に構える。諸人の視線が中央の二名の戦士に向かって注がれた。
かくして『決闘の誓約』は成り、戦士の舞台は整った。円形に閉じ込められた二人の戦士は、最早其の場所より抜け出す事は出来ない。どちらかが地に伏せて死するまで、剣戟を交えて武を競うのだ。
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