6 「Siren」
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一寸の灯火も無い海で、凪は今自分が立っているのか座っているのか、上を見ているのか下を向いているのかすら覚束なくなる。
暗い、昏い、海。
ふと、光が差した。
凪は今、ゆらゆらと水に漂っていた。
水面を照らしたのは、手が届きそうに大きな、大きな、まるい月。
無意識に、腕を伸ばしてそれに触れようとする。
(もうちょっと……あと少し……)
中指の先までピンと伸ばした腕が、まっしろな月に届くかと思われた瞬間、不意に体が沈む。
ごぽっ...ぶくぶく......
苦しくはなかった。
ただ、重い。
どこまでも沈んでいく自分の体は鉛のように重くて、もう指一本動かせない。身体中に見えない鎖を絡められているようだ。口からこぼれる気泡。息苦しさは、無い。
腕を月に向けたまま、緩やかに沈んでいく。泡が名残惜しげに腕を撫でると、躍るように上昇していった。
水中から見える月は青白く、ゆらゆらと姿も一定でない。青い陽炎のようだった。
いつしか月光すらも届かなくなった深い深い水底で、凪の耳は水音を捕らえた。ぽちゃんと、小さな水滴がはねた音。
再び暗黒に支配された視界の中で、白いなにかがぼやけた。
ふわり...
“無”の海底。
何も―――魚も貝も、海藻も、彼を優しく受け止める砂すら、何一つ無い。ただ墜ちるところまで墜ちて闇に停滞していた凪は、必死に目を凝らして白いなにかを見ようとした。
水に滲んだ水彩のようなそれは、円から少しずつ形を変える。
リーン...
ガラス玉が鳴り合うような、強いて言うなれば風鈴の音に近い涼やかで玲瓏な音が、すべてを呑みこむ海に鳴り響く。
けれど、なぜだろう。
美しいはずのその音が、まるで警報を聞いているかのように耳についた。
そんな凪など関係ないとばかりに、音と共に白いものがふわりと開く。
(―――《花》、だ)
薄くやわらかな花びらを幾枚も幾枚も重ね合わせたこの花は、凪の知るところの睡蓮によく似ていた。ただ、水上でなく水中、それも海中に咲く睡蓮というものは、聞いたことがない。
ゆるやかに花が開く瞬間。その一瞬は、この身体に巻きついた鎖のことも重い体のことも、何もかもを忘れ去ってしまうような、美しい光景であった。
ひときわ大きな花が芳香を水中に漂わせ花開くと、その周りに次々とほかの《花》たちも咲き乱れる。
リーン...リーン......
《花》が綻ぶたび鼓膜を震わす玉音は、次第に合わさり轟きへと姿を変える。
(おかしい……《親》が、いない)
ふと、疑問が頭に浮かんだ。
何が《親》なのか。何の《親》であるのか。
明確に理
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