6 「Siren」
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っているのか。
さっき、天盤崩落の際ちらりと見えたあれは―――あの<花>は、一体何なのか。
もう見えなくなったそれは、しかしはっきりと脳裏に焼き付いていた。
赤い、赤い血。ほかでもない、自分がギギネブラに負わせた傷から流れ出たもの。凍り付いた大地に血はなかなか滲みこまず、文字通り血の池となって丸く広がった。飛竜の巨体を巡っていた血液は大量だ。いくら一般的なギギネブラよりも小型であるとはいえ、その量は膨大。
そして、凪は確かに見たのだ。
血の池に浮かぶ、かぐわしく可憐で、冷たい、蓮の花を。
思い出しただけで悪寒が走った。痛みも気にせず強く目をこすって、恐る恐る左眼を開けてみる。色の無い世界に凪の見た<花>はどこにもない。
そのことに一種の安堵を覚えつつ、自分でも理解できない現象に眉根を寄せた。
顔のすぐ横にある大きな氷を見る。向う側に透けて、見飽きた自分の顔が映った。
いつも通り、面白味のない黒い髪と、同色の目。鼻から下にかけてきつく結わいである通気性の良いマスク。気に入らない自分の顔から目を逸らそうとして、また鋭い痛みが瞳を襲った。
「あぐ……がっ……!」
反射的に目を手で強く覆って、歯ぎしりしながら目の前の氷を強く殴りつける。冷たい感触と共に腕に鈍い衝撃が走る。が、そんなことで痛みが収まるはずもなく、自分の頭蓋を支える力も失せて崩れ落ちた。奥歯を噛みしめて悲鳴を殺す熱を持った凪の額を、透き通った美しい氷が冷やしてくれる。僅かに痛みがやわらいだ気がした。
(気持ちいい……えっ…?)
無意識にうっすらと目を開けて、そのまま驚愕に見開いて固まる。
すっ…と、痛みが引いた。
凪は、暫くその体制のまま動くことはなかった。氷に映った自身の顔を見て―――
―――否、正確には、自身の指の隙間から覗く、紅く光っていた瞳を見つめていた。
今は黒。見飽きた闇色の目が、僅かな恐れを秘めて自分を見返している。
(……見間違え、なんてこと…は……無い、だろうな)
ちらっとしか見なかったが、目にこびりついてしまった。
赤、というより、紅に近い色合いの左眼は、鋭く凪自身を見つめていた。何もかもを見通すような、紅の瞳。
キイィィィィン……!!
「ぐっ……!」
激しい頭痛と共に、嵐のような耳鳴りが鳴り響く。
(耳鳴り……!? なんで……う、あ…あああっ……!!)
今までにない痛みと共にやってきた叫びだしたくなるような不協和音は、やがて凪の意識を静寂の彼方へと連れ去った。
――――――…
――――…
――…
…
耳が痛くなるような静寂の中、凪は暗黒の海辺に佇んでいる。
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