生命の木
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外に意識の逃げ場もなかった。自分は何をしているのかと度々思った。
レナータとの悪徳は断ちきれない。取り返しもつかない。してしまったことが、合意の上とは言え大きすぎた。それでもレナータを何とかしてやりたい。ズザンナとは、互いの過ぎ去った密かないたずらを除けば何もまだ始まっていないけれども、世間から見ればこれも悪徳行為だ。緑川を受け入れたズザンナは、レナータとのことに女らしい嫉妬を抱かないのだろうか。惨めな男に高いところから憐れみを垂れただけだったのか。いや、自分こそ、不誠実にもぬけぬけとレナータとの関係を続けるつもりでいる。
人間が苦手な緑川は、人からの感情に極度に今敏感になっていた。少女たちとの関係が当事者の外に漏れるのをひどく恐れた。自分のこれまでの誠意なども、全て嘘なのではなかったかと感じた。ついで、自分の人生に肯定すべき点などないと思った。
しかし、仕事の外回り先で何かあったときには、どうしても誠意を尽くさざるを得ない自分の「小心さ」が緑川は頼もしくさえあった。頑固な者を動かすのは案外小心者なのであり、見かけと違って、その頑固者が小心者を頼っている場合も緑川はしばしば経験した。ただ、そういう付き合いはいずれ苦しいことでもあった。
思えば、自分が傷つけられても相手には良いことを返すという態度のどこまでが小心さで、どこからが善意なのか、考えてもはっきりしない。相手を心から許しているわけでもなく、かつそれが傷つけられたくない故の態度であろうことを感じてもいたから、純粋な善行とは言えないはずだ。それでも、全く間違ったことをしているとも緑川には思えないのだった。恐らく、それがなんにせよ一種の犠牲行為だからだろう。犠牲には苦しみと断念とが伴うものだ。確かに、緑川は酒の席でも商売相手や会社の悪口を言わず、つまり陰でも仕返しをしなかった。
しかし、少女たちの件に関しては、ただ苦しいばかりで、犠牲どころか貪る自分の姿しか見えてこなかった。ズザンナに対しても、思いの距離が近くなったことが却って緑川の依頼心を増し、会えないことが恨めしく、ズザンナに怒りを覚える日も生じてきた。自分を受け入れたズザンナは、とうに自分を受け入れてきたレナータに今や劣ってしまったのではないか。あとは所詮、レナータにしていることをズザンナにも求めるだけなのではないか。緑川は足場を失った思いに苦しみ続けた。
土曜日、待ちかねていたレナータが来ると緑川は喜んで迎えた。そして助けを求めんばかりに固く抱きしめた。いつものように手提げを持ったレナータは、おじさん、どうしたのと緑川の腕の中で言った。君とこうして会っているのが怖いと緑川は正直に言った。あたし、おじさんしか優しくしてくれる人いないから、おじさんに嫌われたら生きていたくない、おじさんは悪いことしてないよとレナータは返し、緑
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