生命の木
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、聞く勇気が出なかった。
アパートに着いた緑川はまず風呂を沸かし、夕飯を少女の分も作ってやった。少女を先に風呂に入れ、自分はあとから入った。出てみると、少女がワインを出して待っており、緑川が飲むままについでくれた。途中、少女も確かに飲んだ。インターネットを二人で見ながら面白く話し、二本目の瓶を取り出してあけた。もちろん少女はついでくれた。緑川は、夫婦とはこういうものではないかと思った。
早朝、目を覚ましてみると少女は既にいなかった。いつ寝たのかさえ覚えていなかったが、あまり気にしないことにして、緑川はシャワーを浴びに風呂場へ行った。
脱衣かごの中に少女のきのうの下着があった。キャミソールとかいう上に着る襦袢のようなものもあり、どちらも湿っていた。緑川はそれらをまずビニール袋に入れてからシャワーを浴びた。
シャワーを出てふとカレンダーに目をやると、土曜日に色鉛筆で丸がしてあって、「この日に来ます!」と書いてあった。しあさってである。
駅に向かう出勤途中、猫が車に轢かれていた。ひどい轢かれ方だった。人通りがあったが、緑川は構わずその死体を抱き上げて、少し離れた草むらに横たえた。それ以上のことができないのを歯がゆく思いもしたけれど、片やこれで充分だと感じ、片や自分に葬る資格がない気もした。緑川は、猫と猫の帰るべき家の家族とのことを思って短く経を唱えた。
朝の混んだ電車に運良く座れた緑川は、鞄からドストエフスキーの読み掛けを取り出し、読み始めた。なん駅か過ぎたところで男に声をかけられた。職場の上司であった。緑川は、しまったと思った。この上司は良い人だったが、会社へ行くまでの「自由な」時間に職場の人に会うことで、緊張が入るのが緑川には苦しかった。この時、少女の下着を穿いてくればよかったと思い、例の、ブラジャーを着けて出勤するサラリーマンの気持ちを完全に理解したと感じた。ドストエフスキーではだめで、肌に密着して確かめられる自由の所在が必要なのだ。
下車してまだ時間のある早さだったから、緑川はコーヒーを飲んでいくことにした。上司は、俺もそうするかと言って緑川に付いてきた。緑川はもはや自由を諦めて、上司に誠意で向き合おうと心に決めた。するとここからドストエフスキーが別な自由のように緑川の助けになった。
金曜日、緑川は同僚たちと街で飲んで帰宅した。この三日間、少女には会わなかったのである。少女の下着を手放すことはなかったが、多分に犯罪に関わるような少女との付き合いから離れ、ズザンナに気持ちを告げることに集中できるすがしさを緑川は感じた。同僚との飲み会で下品な会話をすることは控えていたから、緑川は少女との関係を口に出さずに済んでいた。
少女と過ごす夜はいつもほとんど記憶がない。そこで狂ったことが進んでいるのは事実である。しかし、もし
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