生命の木
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自分の心のみすぼらしさと、男のつまらなさとを感じた。それは常々緑川につきまとっていた感覚だった。ブラジャーをしている男の会社員が世の中にいるそうだが、そういう人間を責めることはできないと緑川は思った。
昼間の都会は異常である。子供は学校に吸収されて、大人しかいない。老人や中年ばかりの昼の街を歩いていると、人類の滅亡する日が近いような幻想にさえとらわれた。
外回りに行けば、小学校がひとつはある。緑川はなるべく近くに行って足を留め、運がよければ体育や下校時の女子を眺めるのだった。インターネットで拾った女の子の画像が緑川の家には山ほどあった。それは、いくら集めても足りないが、集めないわけにいかない心の隙を埋めるおがくずだった。
退社した緑川は、今日もどこへも寄らず家で飲むことにした。あすは金曜だから、外で生ビールを飲もうと考えた。上司を誘ってもいいし、一人で行くのもいい。普段からひとりが好きな緑川だったが、酔えば感覚が変わるのだった。女子社員とは飲んでもつまらないと思った。それでも、外で飲んだあとに緑川は、大抵風俗店に寄らないことがなかった。
奇妙に思われない程度に緑川は電車内でも例のハンカチを出しては鼻に当てた。きのうより強くなったにおいを嗅ぐと他のことを忘れた。嗅ぎながら、きのうの小学生の顔や体つきやを思い出そうとした。ドアから女の子が入ってきて、出て行くところまでを回想した。しかし、追憶の始まりであるまさに降りる三つ前の駅になると、果たしてきのうの小学生が乗ってきた。そしてまた緑川の真横に座った。先方はもちろん緑川を全く気に留めていなかった。ハンカチを返そうかと緑川は一瞬思ったけれど、不自然である気がしてやめておいた。その子は天井を見つめたり床の一点を見たりして何か考えているようだった。もう降りるという頃になって、その子は緑川のほうの腕を上げてわきの下を掻いた。何気なく目をやると、その子の薄いわき毛が目に入った。そしてそのときその子と目が合った。緑川ははっと目を背けたが、その子はまだわきの下を見ていて、電車が停まると歩いて降りていった。
緑川のアパートの隣の部屋には、熱心なカトリック信者である家族が住んでいた。藤原という姓の実業家で、細君はポーランド人だった。ズザンナという娘がひとりいた。
緑川と藤原とは、四年前の春先、同じときに越してきたこともあり、比較的懇意にしていた。当時小学四年生だった娘のズザンナは人なつこく、ときどき緑川のところへ顔を出した。好意いっぱいの美しいズザンナに緑川はたちまち惚れてしまったが、本当に純心で、緑川が落ち込んでいる日には、きっと神様が何とかしてくれると、緑川の手を握り自分の胸に当てるズザンナに、緑川も劣情を抱くことができないばかりか、こういうズザンナを騎士のように守りたいとさえ思ったほどだった。
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