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Myu 日常編
給食の恨みと疲れる話
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しまおうと、その前に味わった幸福な食感が自分にとって最も優先すべき欲望なのだ。

「許さない……食べ物の恨みは恐ろしい。あなた、お名前は?」

まるで自分の生き写しみたいなことを言う少女だ。その瞳は純粋に冥星を見下ろしている。
不思議な少女だ。怒っているのか、悲しんでいるのか、それを表情に表すことをしない。教育されているのだろう。冥星は自分の家で味わった苦い経験を思い出した。
 凛とした振る舞いと大きな黒い瞳。純粋無垢で真っ白なキャンバス。

「田中、太郎、だ」
「太郎……その名前、忘れない」

 世の中にどれだけ太郎という名前を持つ人間がいるのか。加えて田中という平凡な苗字で納得してしまった彼女を見て、冥星は確信した。

「隼人、こいつ、バカだぞ」
「……純粋なんだよ」

 そんな言葉で片付けていいのか隼人。それでいいのか隼人。照れくさそうにはにかむ気持ち悪い隼人を見ながら、冥星は己の意識が沈んでいく感覚に溺れていく。
 恋は人を堕落し、麻痺させる。達也然り、隼人然り。……妹然り。
 人はなぜ、そんな愚かなで意味のない快楽を求めるのか。
 答えは簡単だ。それは、人間が、生きとし生きる者すべてにとって尊いモノだからだ。
 チョコレートよりも甘いのか。食事よりも大事なことなのか。睡眠を削ってまで会いたくなるような行為なのか。
 冥星はまだ理解できない。
 周りは大人になっていき、置いて行かれるような疎外感を感じることすらある。
 それでも構わないと思った。
 冥星は一つの成すべきこと成すために、今を生きるのだから。

※※※※
 

「冥星、来い。訓練だ」
「饅頭が食べたい饅頭が食べたい饅頭が食べたい饅頭が食べたい」
「布団を噛むな! いい加減起きろ! 休日だからといってダラダラ過ごすなど、秋坂家は許した覚えはない」
「なぜだ。なぜ俺はこうまで女に虐げられなければいけないんだ……」

 敗戦したまま泣き寝入り。そして翌日は秋坂明子によって快眠を妨げられた冥星。
 なんというか、自分はゴリラ的な何かに呪われているのではないだろうかと疑問を抱かざるを得ない。布団を取り上げられ、枕を奪われ、まるで己の一部をごっそりとなくしてしまったような喪失感で目覚めた朝。
 とりあえず、今日も平和だ。

「見ろ、冥星。海星の体さばきを。この二年間であいつは成長した。もう立派な兵士だ」
「自分の娘を兵士にする母親なんて嫌い!」
「だーまーれーこの怠け者が! 私はお前をニートだけはしないと決めているんだ、けっしてな」
「この物語のラスボスは、秋坂明子で決まりだな……」

 くだらない会話を適当に流しつつ、冥星は既に健全な汗を流している妹の様子を観察した。
 スラリとした肢体は、徒手空拳の反復練習を
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