第四章
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第四章
「ベーコンとかな」
鯨のベーコンもかつてはごく普通の食べ物だった。牛肉なぞよりも遥かに安かった。そうした時代だったのだ。鯨はご馳走でも何でもなくどの部分も食べられるものだった。
「まあ何時でも食べられるしそんなにきつう言うことはないか」
「そうやね」
「まあまたそれしてくれ」
「ハリハリ鍋?」
「ああ、それかベーコンな」
ここでビールを見る。
「酒にも合うしな」
「好きやね、本当に」
「好きやで」
酒を好きなのを自分でも認める。だがこれで言葉を終わらせなかった。
「けれど一番好きなのはな」
「何?」
「御前や」
「あら、言うわね」
その言葉にくすりと返す。
「お世辞を言っても何も出えへんで」
「おいおい、冷たいな」
言葉の調子が少し砕けてきた。二人はそんなやり取りも楽しんでいた。
「折角言うたのに」
「私は厳しいにゃで」
ここは締めてきた。
「そんな言葉やったら」
「冷たいもんやで」
康友はふとこう言って笑ってきた。
「昔から」
「そうやろか」
芳香もそれに合わせて言ってきた。
「今自分で言うたやろが。それより」
「子供等呼ばなな」
「そや。はよ食べよで」
そんな話の後で子供達を呼ぶ。こうして話を終わらせて夕食に入るのであった。
芳香はそんな日常を過ごしていた。この日もそうだった。
「このままいけるで」
ある朝康友は背広姿で朝飯を食べながらちゃぶ台で新聞を見てにこにこしていた。見れば毎日新聞である。
「南海の優勝や、日本一や」
「三連勝したんやったな」
「そや、ほれ見い巨人のこの写真」
新聞の記事を指差して言う。
「惨めなもんやで。負けてな」
「水原さんやね、この後姿」
「ああ」
芳香が指差した男を見て応える。
「その通りや。しかしあれやな」
「どないしたん?」
「水原の背中ってのはあれやな」
ふと感慨を込めたように言う。唸ってすらいる。
「哀愁があるわ」
「そうなん」
「巨人は嫌いやけれどな。この背中はええ」
そう言って唸るのであった。
「何か哀愁があってな。妙に絵になるんやな、これが」
この時の巨人の監督は水原茂である。名将と言われた男でこの時代に指導者として生きた男独特の凄味も持っていた。慶応では早稲田との衝突を潜り抜け戦争ではシベリアから生還した。同郷で早稲田にいた三原脩とは宿敵の関係にあった。三原もまた凄味のある男で縦横無尽の知略で知られたが水原はそれに対してバランスの取れた将だったのだ。
「そやね」
「けれどまあ今回は勝たせてもらうで」
康友はニヤリと笑って言った。
「今まで負けてばかりやったからな。今度こそや」
「勝てるんやね」
「巨人が負けるんや」
南海が勝つとは言わないの
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