僕の大好きな。
[2]次話
人通りの多い交差点の真ん中に一人の男がいた。
歳は40の半ばだったが、まだ30代にも見える程に若々しい、華のある男だった。
高級ブランドのコートを着こなし、いかにも仕事が出来そうな涼やかな風体で交差点の真ん中にじっと佇み、虚空を見据え、何かを待っているかのような様子が神秘的だった。
横断歩道を渡る人々の、特に女性からのチラチラとした熱いまなざしを意に介すこと無く、男はふとコートのボタンに手をかけた。
――実のところ彼は女性の視線をかなり意識していた。 していないふりをしているだけだった。
彼はゆっくりと、優雅な所作でコートのボタンをはずし――
「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
――と、叫びながらコートを脱ぎ捨てた。
人通りの多い交差点の真ん中に、可憐な純白のブラジャーとパンティをつけ、ガーダーベルトを華やかに着こなした一人のおっさんが誕生した。 黒いニーソックスを履いていた。
交差点に恐怖の悲鳴と興奮の雄叫びが響き渡った。
◆
「おい、あのおっさんお前の親父じゃね?」
先頭で信号待ちしていたが故におっさんの狂気的な一部始終を見せつけられた哀れな被害車の群れ。 その中の可憐なホワイトパール塗装された車の車内で、そんな言葉が青年の口から泡のように儚く零れ出て、空気に溶けていった。
小学生の頃から付き合いが途絶えない、幼馴染達との楽しい旅行の帰りだった。
普通自動車免許が取れた記念に父の車を借りて、高校卒業旅行も兼ねたスキー旅行。 朝から晩までバカ騒ぎして、ようやく地元に戻って来たところだった。
「ああ、俺の親父だな」
「……しばらく見ないうちに変わったな……?」
「そうみたいだな。 毎日見てる俺も知らなかった」
「……――どうすんの? あれ」
変態の息子らしき青年が柔らかな、いっそ無邪気とも言えるような笑顔で親友たちを振り返った。
そのまま前を見ることなくアクセルを全開にする。
変態は自分の車にはねとばされ空を舞った。
◆
可憐な女性用下着を身に纏った男、橘久遠がふと目を覚ますとそこは森の中だった。 目の前には獰猛そうな化け物が涎を垂らしじっと久遠を見つめている。
どうやら、異世界トリップしたらしかった。
【Q. 《僕の大好きな。》を合法投棄場に投棄しますか? →Yes/No】
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