シェルター
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うだ」
はぁ、と翡翠の目を翳らせてフェルナーが溜息をつく。
「視察先で凍死だなんて、ご免こうむりますよ」
端正な顔に刻まれた眉間の皺が、いっそう深くなる。このような状況でなければ、この部下の変化を楽しんでいたかもしれない。オーベルシュタインはしかし、そんな部下へ追い打ちをかけた。
「真冬で地上が極寒の地とでもいうのなら凍死もあり得るが、この季節にこの地ではさほど問題になるまい。それよりも他に、問題にすべきことがある」
そう言うと、空調設備の横にある稼働していない強制給排気装置へと目をやった。
「あ……」
フェルナーは思わず口を開けたまま瞠目した。
「完全な密閉空間で、給排気が作動していない。おそらく寒さよりも酸素不足が先に我々を脅かすであろう」
唖然とするフェルナーをよそに、オーベルシュタインは壁の隅を手探りし始める。机や椅子といった備品さえ満足に揃っていない部屋である。この期に及んでこの状況を覆す何かがあるとは思えない。およそ8平方メートルの空間は、荷物のない倉庫という以上の印象を与えなかった。目に入るのは空調と給排気装置、そして配電盤だけである。フェルナーは情けないほどに膝の力が抜け、その場に座り込んだ。
「フェルナー」
壁をぐるりと一周探ったらしいオーベルシュタインが、フェルナーの傍らに立つ。ひょいと何かを差し出されて、反射的に顔を上げた。
「気休めにしかならぬが、いざという時は躊躇わずに使用することだ」
上官の手には携帯酸素が4本あった。扉の開いた配電盤には、携帯酸素の収納スペースのほか、非常用の懐中電灯が設置されていた。缶に描かれているゴシック体の「O2」という文字が、妙に恐怖をかき立ててくるように感じた。はっきりとした現実感を伴ったせいだろう。未だ酸素の薄さを感じていないフェルナーは、どこかこの密閉空間に対しての危機意識が低かったのかもしれない。
「使わずに済むことを祈って下さいよ、閣下」
そう言って引きつった笑みを浮かべたフェルナーを、わずかに細めた瞳で見つめると、オーベルシュタインもやや隙間を開けて腰を下ろした。
「24立方メートルの空間だ。24,000リットルの空気が存在するから、理論上は二人でも丸一日生きのびることができるはずだが、この中の空気には対流がないため酸素濃度に偏りが生じよう。せいぜい半日以内に救助が来ることを祈るしかないであろうな」
ありがたくない予測を平然と述べると、余計な酸素を浪費しないと決め込んだのか、オーベルシュタインはその唇を閉ざした。フェルナーは壁に背中をつけて座り直すと、あまり高くない天井を見上げた。半ドーム状の天井の一部だけが見える。
『何があっても守りますよ』
先ほど言わずに胸の内に収めた言葉が、フェルナーの胸の中に恨めしげに蘇る。自分は何を驕っていたのか。今こう
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