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追憶は緋の薫り
ずっとお待ちしておりました
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うにゆっくりとした調子で両手に力が込められ始めた。


「っ!?」


 思わず目を強く閉じる。

 あぁそうか夢の中の「僕」もこんな気持ちだったのかと、思えば不思議と震えが治まった。



(このまま死ぬのか……)



 願ったりかなったりじゃないか何を今更と嘲笑うもう一人の自分がいた。



 ……結局、あの人たちには何一つ返すことは出来なかった。



(母さん、父さん、花桜(かおう)……桜井(さくらい)……真倖(まゆき)…………卯月(うづき)っ)



 次々に思い起こされる顔に涙が一筋頬を伝う。

 彼らにとって自分は良い人間だったろうか。

 出来の良い……なんて恐れ多いことは言えないが出来るだけ迷惑は最小限に抑えようとこれでも心掛けてきたつもりだ。

 そうであって欲しいと言うわがままなのかもしれないが、願わくは彼らに幸せがあらんことを…………。



『……本当にそれで良いんですか?』



 それに耳を疑い、弾かれたように目を見開く。

 今のは紫紺(しこん)の回想の中の声ではない。

 まだ呼吸は出来る方だが言葉を紡ぐには限られている。

 ……だが、彼には全く覚えのない甘い大人の色香を持つ女性のものだった。


「ほ、ほぉ……まだ無駄口を叩く元気があったとは…………それじゃ本気で行こうかっ!」


 一瞬怯んだ様子を見せたが何かを言い聞かせるかのように頭を振った瞳孔には刃が宿っていた。


「そうはさせるかっ!!」


 今度こそ殺される、再び目を閉じるのと何かが部室を暴れまわる音が響いたのはその直後だった。

 突如自由になった首元に冷えた大気が戻ってくる。

 疑問で体が停止してしまう前に赤子が産まれて始めてするように泣いた。

 先程まで青野に掴まれていたであろう箇所にはまだ湿り気を帯びた体温が生々しく残っている。


「大丈夫かっ、紫紺(しこん)!」


 へなへなと力無くその場に座り込む自分に駆け寄ってくる声には覚えがない。

 先程の騒ぎを聞いて駆けつけてきた非常勤の教職員か守衛の誰かだろうと咳き込むのに夢中であることに気付かないフリをした。

 こんな性格だ、彼の名を呼ぶ者は限られている。

 だから聞き間違いだろうと思い込みたかったのだが背中を擦る手の温もりに感化されたのか、また一暴れでもしそうな青年の右耳を今出来る限りの力で引っ張ってやる。


「イテテテテっ!?…………何するんだよっ」


「それはこっちの台詞だっ!」


 死にたくない…そんな思いに気づかせられたのだから……。


「助けに来るんだったらもっと早くに来いよっ……っ……バ
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