モノローグ - monologue -
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誰も、今ここにいる研究員しか知らない筈の秘密の研究所。私の長年の隠れ家。
その入り口に、見知らぬ男が立っている。
背は高い。外見からすると年齢は三十代後半、だが既に知命と云われても頷ける老練な佇まいだった。老人のような真白い髪に相反するような瑞々しく筋骨たくましい肢体が、彼をアンバランスに見せているのだろう。整っているのに死んだかのような無表情もそれに不気味さを合わせ持たせているに違いない。鋭利な刃物を連想させる、凄絶な美しさであった。
「その通りだ、若き奇才よ」
男は再び繰り返した。
朧朧とした場でも分かる、人間味に欠ける蝋細工の肌。眸は紅く、闇の中にも爛々とかがやくさまはまるで怒りに満ちた迅竜の瞳のようだ。いや、それよりも紅い。
私は知らず、喉を鳴らして一歩踏み出した。
「君は…誰だね。……どうやってここへ?」
「ヒトの仔よ、そなたの知るところに我が名は無し。それも道理」
謡うような響き。耳の奥が震える。
残響は虫の羽音のように激しく私の脳を揺さぶった。
「嘆かしや。
我はそなたらの祖であり、終であり、
あるいは彼の顕現であり、此の番である、光なる者。
それを以て我を知らぬと申すか。それは背理というもの」
古風にも程がある喋り方は、しかし随分話し慣れて風格が漂っており、この男が常日頃からこのような話法を用いていることが容易に想像できた。
理系の極みが集うこの研究所でさらさらと言われた一言一句をすべて瞬時に理解できたのは、おそらく一握りもいまい。
「かなし仔よ、そなたの魂に刻み込まれし母なる記憶の内。我が記憶はいずこにやあらむ?」
「私の…魂、だと?」
「さよう……覚えよ」
黒いフードつきのコートを落とした男は、肩で揃えられた髪を揺らしながらホールに降りてくる。電光虫灯の光にあたった白髪が、銀よりもまばゆく照りかがやく。
「いにしえの反逆者の血の流るる仔。禍き縁に囚われし仔よ。
我は天つ龍なり」
……りゅう?
何を真顔で言っているのか、この男は死んだような無表情のまま欠片も笑えない冗談を飛ばした。
研究室いっぱいに並んである私の作品たちの姿を見ても、何の反応もない。普通の人間ならば、恐れるか、怒るか、殊勝な偽善者どもは研究のため失われた命を想って涙を流すだろうに。徹底的な無表情は、男が喋らなければセメントで固まっているのではないかと訝しがるくらいには、動きがなかった。
「何言ってんだ、こいつは」
「それよりどうやってここを探り当てた」
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