第三章 始祖の祈祷書
第六話 忍び寄る影
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目を落とした。それは古ぼけた銀細工のペンダントだった。ワルドはそれを慣れた手つきで開けると、その中に描かれた綺麗な女性の肖像画を見つめた。
しばらく小さな肖像画を見つめていたワルドは、丁寧な手つきでペンダントを閉じると、それを服の下にしまい込んだ。
そして、前を歩くクロムウェルの背中を見つめ、ボソリと小さな声で呟いた。
「……わたしには、それしかないのですよ閣下」
アルビオンの工廠で陰謀が進んでいるその頃、トリステインの王宮、アンリエッタの居室では、女官や召使が、四季に花嫁が纏うドレスの仮縫いで大わらわであった。太后マリアンヌの姿もそこにはあり、純白のドレスに身を包んだ娘を、目を細めて見守っていた。
しかし、幸せの象徴といっても過言ではない、純白の花嫁衣装を身につけたアンリエッタからは、幸福を全く感じることができなかった。仮縫いのための縫い子たちが、袖の具合や腰の位置などを訪ねても、曖昧に頷くばかりであった。そんな娘の様子を見かねた太后は、縫い子たちを下がらせた。
「どうしましたかアンリエッタ、元気がないようですが?」
「母様」
アンリエッタは、涙に滲む目を母后に向けると、母后に駆け寄りその膝に頬を埋めた。
「……望まぬ結婚なのは、分かっています」
「そのようなことはありません。わたくしは幸せ者ですわ……生きて、結婚することができるのですから。母様は、結婚は女の幸せと申されたではありませんか」
そのセリフとは裏腹に、アンリエッタは美しい顔を曇らせると、その目元から涙をとめどなく流して泣いている。マリアンヌはそんな娘を、悲しげな眼差しで見つめるとそっとその頭を撫でた。
「恋人が……いるのですか?」
「『いた』と申すべきですわね。まるで速い、速い川の流れに流されている気分です……全てがわたしの横を通り過ぎてゆきます。愛も、優しい言葉も……何も……残りません」
マリアンヌは、アンリエッタの頭を撫でる逆の手で自分の目頭をそっと抑えると、優しく囁く。
「恋ははしかのようなものです。熱が冷めれば……ええ……きっと忘れられますよ」
「忘れることなど……できましょうか」
「あなたは王女なのです……辛くとも、忘れねばならぬことは、忘れねばなりませんよ。あなたがそんな顔をしいていたなら、民は不安になるでしょう」
次第に涙声になっていく声を必死に抑えながら、諭すような口調でマリアンヌは言う。
「っ……わたしは……一体何のために嫁ぐのですか?」
涙を流し、声を時に詰まらせながらも、アンリエッタは母后に問いかけた。
「未来のためですよ」
「民とっ国の……未来のっ、ためで、すか?」
所々声を詰まらせながらも、アンリエッタが涙を流す顔で
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