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皇太子殿下はご機嫌ななめ
第55話 「ジークフリード・キルヒアイスの憂鬱」
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その視線の先にあるのは宰相閣下でも私でもなく、警護の兵士だ。
 さきほどの誰何と態度が微かにでも聞こえていたのだろう。
 視線に冷たいものがある。宰相閣下とは対照的だ。

「警護の兵が失礼致しました」

 ゆっくりとではあるが立ち上がりながら、エーレンベルク元帥が言ってくる。
 空気が変わった。
 私の前に立つ宰相閣下の纏う空気が凍りついたように冷たいものに変わる。

「何の話だ」

 答える声すら冷たい。

「宰相閣下を押しとどめるなど許される事ではありません」

 エーレンベルク元帥の語尾が弱い。頬から一筋汗が流れた。

「自らの職務に忠実なだけだ。警護の兵士であれば、相手が何者であろうと見慣れぬ者が近づいてくれば、誰何し押しとどめるは当然。何も失礼な事ではない。卿は良い部下を持っている。ああいう部下こそ大事にするべきだ」

 職務に忠実な兵か、なるほど通りで宰相閣下に気分を害された様子がないはずだ。そして名乗られたのも、おかしな話ではないか……。

「と、ところで今日はどのような用でしょうか?」

 エーレンベルク元帥が露骨に話題を変えてくる。
 それに宰相閣下も気づかれたのだろう。軽く笑みを浮かべソファーにゆったり座られた。その前にエーレンベルク元帥も座る。

「ブラウンシュヴァイク公が自由惑星同盟首都星ハイネセンに向かう」
「知っております」

 ブラウンシュヴァイク公爵がハイネセンに向かうのは、秘密でもなんでもない周知の事実だ。
 護衛は一個艦隊。指揮官はアウグスト・ザムエル・ワーレン。中々堅実な指揮ぶりだともっぱらの噂だ。だがこれだけでは宰相閣下が直接来る理由にはなりえない。
 エーレンベルク元帥も気づいている。頷いて先を促がす。

「さてここからが本題だ。ブラウンシュヴァイク公に同行するのはラインハルトと、ここにいるウルリッヒ・ケスラー大佐。そしてアドリアナ・ルビンスカヤだ」
「あのフェザーンの女狐……」

 エーレンベルク元帥の目が驚愕に見開かれた。
 代表としてブラウンシュヴァイク公爵は当然だが、ラインハルトや私に事務的なものを手配する事務官達、その辺りまでは不思議ではないが、まさかあの女を派遣するとは思っていなかったのだろう。
 元々はアドリアン・ルビンスキーの影だった女だ。信用できないと思うのも不思議ではなかった。

「何を不思議がる? 事はサイオキシン麻薬と地球教に関するものだ。あの女以上に詳しい者など帝国にも同盟にもいまい」
「た、確かにそうではありますが……」
「信用しろとは言わん。あの女が話す内容とこちらが話し合ってきた内容を比べ、分析せよ。詐欺に引っかからないようにするのは、どこで儲けを出すのかということを考える事だ。儲けのない商売など誰も
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