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皇太子殿下はご機嫌ななめ
第55話 「ジークフリード・キルヒアイスの憂鬱」
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 祝電が届くだろう。

「結婚式は派手に行こうぜ」
「何を言ってるのだ卿は」
「まあ、シルヴァーベルヒ様。そんなに派手に成されなくとも……」
「いやいや、ここは派手に行こう。フェザーンを挙げて放送しよう。帝国にも流そうぜ」

 ぐっと親指を上げて見せる。
 恥ずかしそうにはにかむクラーラ。蒼白な表情を浮かべるオーベルシュタイン。
 しかし誰もオーベルシュタインに同情する者はいない。
 誰だって我が身がかわいいのだ。
 フェザーンは一致団結した。
 良い事だ。
 素晴らしい。

 ■軍務省 ウルリッヒ・ケスラー■

 宰相府からめったに出てこない宰相閣下が、珍しく軍務省にやってこられた。
 宰相閣下というお方は、そうそう軽々しく出向かれる事はない。命令系統の遵守ということを大事にされているからだ。
 各省庁のトップに対して命令される事はあっても、その下に直接命令する事はないのだ。
 言うなれば、それぞれ各部署のトップの面子を潰すような事はなさらぬ。
 それだけに直接来られたという事はよほど重要な用件なのだろう。
 軍務省の廊下を堂々と歩かれる姿に、誰もが目を疑う。そして通り過ぎたあとで気づくのだ。
 一見してゆっくり歩いているように見えるが、その実かなり早い。急ぎ足というわけでない。優雅な足取りとすら思えるが、速い。
 宰相閣下の足取りを見た士官学校の格闘技官が、目を見張っていた。

「すごいな。体勢がまったく崩れていない。中心線、いや軸がぶれていないとは」

 そんな呟きが聞こえてきた。
 ただ歩く。
 それだけで格闘の専門家を驚かす。
 いったいどういうお方だ。まだまだ底の見えぬお方だと思う。私には気づかなかった。専門家だからこそ気づくような些細な点。それを見抜く技官の力量もさすがというべきか。
 宰相閣下がさりげなく敬礼をして通り過ぎた。
 畏敬の篭った目で見送る技官。
 実に対照的な光景だった。

「何者だ。この先は……」

 軍務尚書の部屋の前で、警備をしていた兵士の一人が鋭い声で誰何する。
 荒々しいと思える態度だ。しかし宰相閣下だと気づいた瞬間、血の気が失せた。声が小さくなっていく。

「帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。開けてくれるかな」
「りょ、了解いたしました」

 警護の兵を前にして穏やかな声で名乗られた。
 気分を害した様子はない。落ち着いていらっしゃる。慌てる兵とは大違いだ。しかし笑う気にはなれん。私でも突然、宰相閣下が目の前に現れたら慌てるだろう。
 開けられた扉の向こうで、旧式の片眼鏡をかけた軍務尚書エーレンベルク元帥が、机の前で書類を眺めていた。来訪を告げる兵士の声に顔を上げ、じろり睨みつけるように視線を向けてくる。
 
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