第一章
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ロシアのお婆さん
サンクトペテルブルグに住むクドシェンカお婆さんは夫と死に別れてからずっと娘夫婦と一緒に住んでいる。怒ったところなぞ誰も見たことがなくいつもにこにことしている。
趣味は編みものだ、他には孫達におとぎ話を聞かせる位だ。暖炉の傍で安楽椅子に腰掛けて外で散歩をする。
食べるものは質素であるものを少し食べて終わりだ、娘はそんな母に対していつも困った顔でこう言った。
「お母さん本当にいいの?」
「食べるものだね」
「いつも残りもので」
「それで充分だよ、私は」
お婆さんはいつもにこにことしてこう返すだけだった。
「これだけでね」
「そうなの?」
「これだけで充分じゃないか」
こう言うのだった。
「食べるものがあればね」
「そうなの?」
娘のソーニャはそんな母の言葉にいつもいぶかしむ顔で返すのだった。
「お母さんいつもそう言うけれど」
「そうだよ、食べるものに家にね」
それにだった。
「御前達がいればね」
「満足だっていうのね」
「私はもう隠居だしね」
働くこともないというのだ、七十をかなり過ぎて太った身体を厚い服で何重にも覆ってそのうえで安楽椅子に座って暖炉の傍にいてだというのだ。
「これでいいんだよ」
「全く、無欲なんだから」
「欲張りよりずっといいじゃないか」
「そうだけれどね。じゃあ御飯は」
「パンとね」
それにだというのだ。
「暖かいミルクとボルシチがあれば」
「パンは黒パンよね」
「そうだよ」
ロシアの伝統のこのパンだというのだ。
「やっぱりあれがいいね」
「白パンもあるわよ」
「白パンもいいけれどね」
だがそれでもだというのだ。
「私は黒パンでいいよ」
「白パンの方が美味しいのに」
「高いからね」
「もう値段はそんなに変わらないわよ」
今更白パンが贅沢ではないのはロシアも同じだ、何だかんだでこの国の生活も豊かになっているということだろうか。
「あとジャガイモとよね」
「お肉かお魚の燻製があればね」
お婆さんはそれで充分だというのだ。
「私は満足だよ」
「お酒は?」
「ウォッカだけだよ」
ロシアの伝統のこの酒だった。
「それでいいよ」
「ウイスキーとかはいいのね」
最近輸入で入ってきているものだ。
「そういうのは。うちの旦那ウイスキーがお気に入りだけれど」
「高いじゃないか。贅沢はしないよ」
だからウォッカでいいというのだ。
「ウォッカをちょっと飲んだらそれで温まるからね」
「いいのね」
「そうだよ、私はね」
「やれやれね。昔から質素だったけれど」
娘だけにお婆さんのことはよく知っている、お婆さんは若い頃から質素である。しかし歳を経てさらにだというのだ。
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