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群衆
第一章
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「あの御老人は悪しき方ではない」
 言い聞かせるような言葉であった。
「それをわかるのだ。いいな」
「ですがまさか」
 それでも民衆達は納得しない。それで司祭に対して問うのであった。
「それもまた悪魔の隠れ蓑であれば」
「そうだよな」
 誰かのこの何気ない言葉が民衆の不安をさらに煽り立てるのであった。
「若しそうだったら」
「俺達はいざって時に」
「いい加減にするのだっ」
 何とか荒わげないようにしたがそれでも限度がある。司祭の言葉は強いものになっていた。
「そうして疑うのは神の御教えなのか」
「それはその」
「それは」
「そうだな」
 今回も何とか彼等を止めることができた。止めてからまた言うのであった。
「人を疑ってかかればきりがない」
「ええ」
「確かに」
「だからだ。疑うのは止めにするのだ」
 穏やかな声に戻ってこう彼等に告げた。
「わかったな。それでは今は」
「今は」
「帰るのだ」 
 彼等に対して帰るように促すのであった。
「いいな。そうして気を鎮めるのだ」
「わかりました」
「今は。それじゃあ」
 彼等はまだ憮然としていたが司祭の言葉を聞かないわけにはいかなかった。司祭もそれをわかっていて彼等に言ったのである。彼としてはあまり好きではない方法であったがそれでも今は使わないわけにはいかなかった。老人を護る為にである。
 民衆が去っていく。司祭はそれを見ながら溜息をつく。それは一度や二度ではなかったのである。過去に何度もあったことなのだ。
「全く」
 言葉にも溜息がこもっている。
「こんなことが何時まで続くのだ」
 そう思いながらある場所に向かう。そこは老人と彼の養子であり弟子でもある少年がいる家だ。質素で何の派手さもない貧しい一軒家である。二人はそこに静かに住んでいるのである。
 家の前まで来ると扉をノックする。そして家の中に声をかけた。
「司祭様ですか?」
「はい」
 司祭は家の中の声に対して答えた。
「私です」
「はい。どうぞ」
 穏やかな声であった。その声と共に扉を開ける。家の中から白く長い髭を持っている老人と優しい顔を持つ少年が出て来たのであった。
「ようこそおいで下さいました」
「さあ、どうぞ」
 二人はその穏やかな笑顔で彼を出迎えて家の中に導き入れる。家の中も実に質素で最低限の家具の他は何もない。司祭を粗末な椅子に座らせ水を出したのであった。
「生憎ですが」
 老人は水を出したところで司祭に対して申し訳なさそうに言ってきた。
「ワインもビールもありませんので」
「いえ、それは」
 司祭もまた穏やかな笑顔になっていた。その笑顔で老人に対して答える。

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