第一部 vs.まもの!
第1話 かんおけ!
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何もない夏だった。
豊作の見込みもない。大猟の知らせもない。降雨も、残酷なほど照りつける太陽が僅かに翳る日もない。
そんな夏。
丈低き草はみな枯れ、ひび割れた大地を更に容赦なく太陽が痛めつける山道を、一台の幌馬車が通って行く。その荷車と蹄の音に混じり、御者の鼻歌が幌の中にまで聞こえていた。
不意に鼻歌が途切れ、ウェルドは顔を上げた。両膝の間に大剣を挟んだ姿勢で、いつしかまどろんでいたようだ。目にかかる前髪をかき上げ、御者の背に目をやる。
「よう、新入り共」
御者は老人だった。逞しい背中に長い白髪がかかっている。御者は振り向かぬまま続けた。
「随分静まりかえってるじゃねえかよ。若い連中が不景気なこったな。えっ?」
老人がカカと笑うと、ウェルドを含む幌馬車の中の十四人は、めいめいの内的思考から目を逸らし、僅かに顔を上げた。何人かは、誰とも視線を交わすことなく目を伏せた。また何人かは手にした本に視線を戻した。
ウェルドは馬車に乗りこんだ時と同じように改めて周囲の人間を観察する。
乗り合わせた他の十三人は、いずれも二十歳(はたち)前後に見えた。身分はいろいろだ。金色の髪を長く伸ばした遊び人風の男もいれば、無言で本に没頭する一目で学者筋とわかる少女もいる。隣に座る、先ほどから弓の弦に松ヤニを塗っている灰色の長髪の少年は、猟師か遊牧民といったところだろう。一方、向かいに座る青年は銀の鎧に身を包み、明らかに高い身分の騎士――
と、その騎士の青年がいきなり立ち上がった。
「み、みんな! 自己紹介しないか! 名前とか、カルス・バスティードに行く目的とか」
目が合った。ウェルドは面倒くさいので目を逸らした。
「どうせあの町に着くまでには時間がかかるんだ、暇つぶしに――」
「うるさいわね!」
学者風の少女が騎士の隣で一喝する。
「見ての通り、あたしは読書中なのよ。邪魔しないで!」
うろたえる騎士に、女の忍び笑いが降りかかる。黒い衣装に身を包んだ銀髪の女だ。すらりと長い脚を、色の白さを見せつけるように組み、金糸で飾られた袖で口を隠すように笑っている。
「おもしろい人。みんながみんなそのつもりなら、とうに打ち解けてるわよ」
「君は?」
「私から自己紹介しろって言うの? お断りよ」
「ま、そんなのおいおいでいいんじゃねえの。色んな奴がいるんだからさ」
弓の手入れをしていた少年が、弦を指で弾いて音を確かめながら言った。
「でも――」
「ああっ、もうっ、あんたしつこいよ!」
白いワンピースに身を包んだ、青髪の少女が叫ぶ。丸い大きな瞳と俊敏そうな体つきが、どこか猫を思わせる少女だった。
「こっちはさっきからガタガタ揺れるせいで吐きそ――おえっぷ――」
「――そういや、さっきから随分揺れるな」
弓
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