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王道を走れば:幻想にて
第五章、その3の1:影走る
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呼ばれる川であった。此処を越えれば帝国である。全てにおいて、ミルカの知らぬ世界があの川の向こうに築かれているのだ。
 川に掛かる橋にまで近付くと、徐々に人影が見えてきた。どうやら何事も無かったようだ。ミルカは執政長官が遣わした兵に近付く。

「用意はできていますか?」
「ええ。此方が地図です。カーターが最後に目撃された地点を示しています」
「……すぐそこに町があるのですか」
「最近できたばかりですよ。奴はそこで馬を買って、そのまま街道沿いに進んでいったようです。普通なら、国境警備兵が亡命者を捉える事になっているのですが、奴は素通りでした」
「賄賂でも贈ったのでしょう。手切れ金とばかりに、夫人から金銭を盗んでいるとも分かりませんから」
「あの、ミルカさん。こう言っては何ですが、まだ王国に忠義を捧げる御積りで?」

 ミルカは思わず兵を見る。まだ年若く……といっても二十歳を少し過ぎた頃であろうが、立派な成人である。彼の三白眼は素直にも、常識の欠けた者を見るような冷めた目付きとなっている。王国に対する忠義の念が無いのは明らかであった。
 ミルカの反論はやや強いものとなった。

「私は王国で生まれ、王国で育った。レイモンド様に育ててもらった恩義がある。私はそれを果たすだけです。もしあなたがわが身可愛さで亡命したいのなら、今の内です。私と共に川を渡りますか?」
「い、いえ。家族を残す訳にはいきませんので……では、これが残りのものです。帝国ではお気を付けて」

 そう言って兵は、必要な荷物が収まったナップザックを押し付けるように渡すと、東の暗闇に向けて姿を消してしまった。
 中身を確認した後ナップザックを鐙に掛けると、ミルカは嘆息を漏らした。

「国を想う者は、少ないのか」

 胸に生まれる感情は悲しみ、というよりも残念という気持ちの方が強いだろう。帝国に敗北してから三十年も経つのだ。国としての権能を奪われ続け、残すは僅かな軍事権と古くから続く血筋のみ。

 ーーー死にかけた国は、寝台に横になった病弱な老人と一緒か?なるほど、そう考えればそれに最期まで付き添う我々のような存在は、さも奇特に見えるだろう。

 ミルカは、祖国が滅亡するという痛ましい妄想を頭から振り払い、馬の手綱をぎゅっと握りしめた。これから長旅を共にするだろう愛馬に向かって囁く。

「頼むぞ。その快足で帝国の土を踏み均してやれ」

 手綱が軽く打たれ、馬は息を震わした。ゆっくりと流れる川の音に混じって、かつかつという音が鳴る。四本の蹄が石造りの橋を渡っていき、そして橋を渡ると、静かに砂利を踏みつけた。遂に異国の領土へと進んだのだ。
 一人と一頭は暗闇を進んでいき、そして胸に走る緊張を消すかのように、また走り始めた。『暁の光』は緩やかに流れ、川面に
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