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王道を走れば:幻想にて
第五章、その3の1:影走る
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この期に及び、商人は口を噤んでしまう。問いに対する返答に迷いが生じたのだ。素直に答えるべきか、或は貴族への義理を働かせるかで。
 絶叫が再び響いた。商人の右脚の太腿はすでに半分切り開かれていた。ピンク色の筋肉がひくひくと動いているのが見える程だ。鮮血がアンモニア臭の液体に混じって、地面を濡らしている。

「名前は?」
「『聖石』だよッ!!呪印が施された黒い石を五個!!それが商品だっ!」
「....よし。もうお前に用は無い」
「なら、早く解放してくれ!」

 商人の背中から重みが消える。一目散に逃げんとした商人であったが、突如首を貫いた鈍い感覚に驚愕して地面にうつ伏せとなってしまった。身体を動かそうにも指先がぴくりともせず、どんどんと力を失っていくような感覚に陥っていく。
 人影の足音が背後でざくざくといっているが、それすらもはっきりと聞き取れなくなってきた。喉も満足に動かせず、視界も濁ってきた。五感が消えていく。『死が迫ってくる』。商人の瞳は大きく見開かれ、涙をつつと流していた。

「マティウス、聞こえるか」
『おお。どうだった』
「少し遅れてしまったようだ。目標は手に入らず。これより追跡に移る」
『わかった。一人では心許ないだろうから、援軍を送っておいた。合流したらもう一度連絡しろ....それとな』
「なんだ」
『お前は若い頃の私より残忍だな。素晴らしい』

 商人は最後の力を振絞って身体を仰向けにした。ぼやけた視界が手伝ってか、七色に光る星々が見えなくなっていた。
 ふと、商人は己の人生を顧みる。物を集めるという事に喜びを覚え、少年時代には拾ってきたブナの枝の大きさを巡って友と争ったものだ。収集はだんだんと交換へと昇華し、毛皮を扱い、宝石を扱い、剣を扱い....。
 男は弱弱しく咳き込んだ。血泡だらけの口から必死に言葉を練り出した。

「誰か。助けて」

 大粒の涙が毀れる。ざくざくと、足音が近付いてきた。商人が最後に見たのは、カーブを描いた鉄色の光が首を閃いた所であった。
 世界が暗転し、商人の視界は勢いよく二転三転して闇に落ちていく。再び空を仰いだ商人の顔は、疲れきったかのように口許を開けていた。
 
 

ーーーーーーーーー



 バッ。瞼が一気に開き、窄まった瞳孔が暗い部屋を睨みつけた。
 意識が覚醒して間もないというのに視界はクリアだ。上等とはいえぬ木の天井に刻まれた斑点(年季)でさえ、はっきりと見える。服に吸いこんだ汗がやけにリアルに感じられて、思わず軽い寝布団を蹴飛ばしたくなるほどだ。

「嫌な夢だな……」

 ベッドから立ち上がってカーテンを開ける。まだ夜は空けていない。獣避けの松明と、星月の灯りが村を照らしている。牛の放牧くらいしか特徴の無いこのこじんまりとし
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