象徴ストーリー
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「あなたもやってくださいよ! 出たくないの?! 僕だって我慢してやってるんですよ!」
「我慢してよい事があったなんてこと俺にはないね」と男は答えた。「俺の人生、我慢して我慢して我慢して、我慢しただけの男になったんだから」
僕らは男を尻目に壁を殴り続けた。壁は堅牢で分厚く、この努力が僕は無駄だと感じてきた。
「いいか、『出たい』と思う気持ちを拳と一緒に繰り出すんだぞ」と紳士は言う。僕は拳の痛みには麻痺してきたが固い壁の反動に耐えられず、肩や、肘を痛め始めていた。僕の見えない精神が見えない痛みに侵されてゆく。暗闇の中で僕の拳はぬるぬるとした液体に濡れている。皮が裂けて血が流れているのだろう。一発『出たい』と咆えながら思い切り叩いた。それは人生を投げ出すときの感じだったかもしれない。何も動きはしないドアを見て、僕は「もういい」と言った。
「足で蹴っていいですか?」と僕は質問した。
「足蹴は神様に失礼だ」と紳士が答える。殴るのはいいのかい。まったく。
「お前の分は私がやるから」と言った紳士は、更に激しくドアを叩く。しばらくして嫌な音がした。目を凝らすと、紳士は右腕一本でドアと格闘していた。
「安全装置でもあればね」と男が言った。「きっとエレベーターに振動があれば止まって救助が来るんだけどね」
「エレベーターじゃないんですよ」と、隅にうずくまって僕は言った。「エレベーターはもっと優しい」
「努力は認められるまでやるの?」と男が言った。「努力だけでも認められればいいね」
紳士の壁を叩く音が収まるまでそう時間はかからなかった。彼も限界だったんだ。空手家の彼に随分とついてゆけた僕は相当頑張った。思い残す事は無い。
エレベーターの中には薄闇と沈黙。それは以前より濃くて深い感じ。
男は静かに話し始めた。
「あんたたちには感心するよ。努力を気合で前に出すもんな。二人ともあの女に欲情していただろう? うらやましくてさ。俺なんかもう、女を我慢して、訳ありで女を我慢して我慢して、気付いたときには性欲なんて渇いちまったよ。十年も我慢したかな。二十代終わりからから三十の終わりにかけてさ。女のヴァギナ触っても、もう勃起しないよ。ほんと。風俗はプライドがあって行けなかったからさあ。もしかしたらもう女抱けん思うたとき、初めて行ったのよ、風俗。ひどい屈辱だったよ」
「何か問題があったんですか」と僕は訊いた。
「いや、ちょっとトラブルが、っはは! 怖い人とね」
「努力は報われる」と紳士が言った。
「なりたい自分になる努力はね」と男が答えた。「我慢が美徳なら神様がとっくに俺を救い出してくれてるよなあ、っはは!」
「死ぬ覚悟をしたらそこからの人生は我慢ではないのでは」と紳士が言った。
「失意の中に覚悟は無いよ」と男が言った。
「なるほど」と僕
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