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象徴ストーリー
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をせずに落ち着いている。頭の中は余計な物事に苛まれることはなく、良く言えば静寂、悪く言えば白痴のような、僕は白痴ではないけれど、それを疑われるような停滞。そこから抜け出さなければならないと神様に言われているような気もする。「そのままでいいのかい? 君」と誰かが問いかけているよう。その答えはとりあえずの臆病な避難。「オレはいいよう・・・」そんな僕だけの帳の中。飛び出したいけれど、犯されるわけにはいかない。飛び出してゆく冒険の道は険しいという古からの情報。

第一僕は冒険などする必要があるのか? 何故ここから出たいのか? そのままでいいじゃないか。

僕の体を境目にして、せめぎ合う空気。その中で僕はじっと電車の軋む音に耳を澄ませていた。僕が僕をはみ出すとなにやら悪い事が起こる。そう感じていたんだ。
 電車の騒音の中で際立った静けさから、開いた扉を抜けて、自然と耳に舞い込んでくる喧騒の中まで階段を駆け上がる。その向こうに何がしかがある。走り抜けなければならない。犯されるわけにはいかないのだ。

 嫌 しかし。

嫌しかし、そこにいたのは十年前の僕だった。ぬらぬらとした目で、目玉が球面である事も疑われるほどぬらぬらとした目で歩いている僕の周りに、何故笑っているのか自分でもわからない人々が笑ってそこにいる。その僕は口をもごもごさせながら、しかし唇を結んでその奥で何かを話しているような様子だった。目の張り出しと、深い色の隈が街灯に照らされて、彼から健康的な要素をすべて剥ぎ取っていた。そして僕はただそれを見ていた。どこからかカメラのシャッター音が聞こえてきて、彼はそれを振りかえった。彼は怪訝な顔をしたけれどもそのまま向き直って、僕の前を通り過ぎて行ってしまった。彼が何かに反応すると呼応するように周りから笑いがまた漏れた。彼が僕の前を通り過ぎてしまうと、僕の周りは静かになった。さっきまで彼の周りにあった喧騒は彼に引き連れられて彼と共に去ってしまった。漱石の碑がある山にカラスの群れが見える。時間にして十数秒の出会いだった。
彼は救済を求めていたのだろうか? 深く落ち窪んだ心は目から何かを訴えていたのか。おそらくそれは彼に触れることもなくドーナッツのようにして笑う人々に対する落胆でもあったろう。僕は彼の、その落ち込みの深さゆえに触れる事さえできずにやはりドーナッツのようになり、他愛のないものに触れる事ができても大事なことには手を触れる事のできないドーナッツになり、少し彼を弁護すれば太陽の周りを回るおまけのような惑星のドーナッツになり…触れない。

僕は地下鉄早稲田駅にいる。電話をかけてきた相手の女は見つからない。一応探したのだ。それらしい女の人に声をかけたが、その女は手を上げてタクシーを捕まえて去ってしまった。彼の背中は闇に去って、僕の心には幾分かの柔ら
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