象徴ストーリー
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が言った。その後に誰も言葉をつながなかった。箱の中はまた沈黙が舞い戻り、かつてそこあった僕らの声を飲み込んでしまう。
深く濃い沈黙がやさしい毛布のように僕を包み込み、体の痛みを黙って耐えている僕には心地よいナルシズムが滲み始める。体をしたたか痛めて、脳内に多量なホルモンが分泌しているのかも。気持ちいい。
もう、どれほど僕らは運び去られたのだろう。この際、上昇しようが下降しようが関係は無い。ただ、もう、とてつもなく遠くに運ばれてしまっているのは確かだし。
僕らがこのエレベーターに運ばれはじめてからどれほどの時間が? 一時間は越えただろうか。例えば秒速数メートルで運ばれたとしても、もう数千メートルは移動してしまった事になる。現実感も無いほど奈落の只中にいるはずだ。多分本当のことは知らない方がよい、と言われるくらいひどい状況だと思う。うん、本当のことは知りたくない。そして僕は自分の鈍さを恥じた。何故、本気で逃げなかったのだろう。
人間は後から振り返って、何故? という選択が多い。それが吉と出るか凶と出るかはまったく運しだいだ。
「とりあえずやる事はもうないのですか」と僕は薄闇の中に問いかけた。
「時が来れば試す事も見つかるだろう」と声がした。紳士の声が少し変だった。何かがこみ上げているのかもしれない。
僕は暗闇の中を手探りで、壁を順に叩いたり、ちょっとしたくぼみや秘密のスイッチが無いか漏れなく確かめた。もっと早くやるべき事だと思ったが、そんな陳腐な脱出劇を思いつくなんて恥ずかしかったから。そして僕は何も発見できなかった。僕がガタガタやっている間、二人は黙っていた。期待していたのかもしれない。僕が諦めると誰かが溜息をつく音が聞こえた。そして再び沈黙が降りた。
沈黙の中で感情は膨らんで、形を変え、流れ、空間を満たしている。僕は今度ドアが開いたら必ず出てゆくんだと心に決めて暗闇を見つめている。
ホルモンが多量に分泌する僕の頭は爽快に自由。僕の自由じゃなくて神様の自由。オレンジ色に光るボタンたちに目を閉じ、僕は、あまねき妄想に身を浸した。
灰色の世界にゆっくりと、赤い液体の雫が後を引いている。それは人の血管組織のような密度をもっている。灰色の世界は無限の大理石のような輝き。上を見ると赤い液体は遥か遠く上空から最新式の繊維のように、複雑ながら規則的に進路を変え、尾を引きながら空間をじりじり進み、それらは絡み合って灰色の世界に赤を侵略させている。
そして僕は灰色の大理石の中にいる。硬い意識でそれを見つめている。僕の思考回路はほとんど機能しないで、耳からは聴力まで奪われている。ただ、まだ心臓が強く打っていることが鼓膜に届いているぐらいだ。僕は脳みそがまったく硬い石になってしまったのではと思う。だからどうしろというのだ。脳みそが石なのだ
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