第一章
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第一章
蛇の別れ
ベトナムでの話である。昔からこの国は暑く、蛇の多い国であった。
その中には人を食う程の大蛇もいればとてつもない毒を持つものもいる。種類も数も非常に多く、その害もまた顕著であった。
だがそうした害のある蛇を飼い慣らす者達もいた。チャイという初老の男であった。
彼は蛇を操り、その害を取り除くのを仕事としていた。その為あちこちから呼ばれて生活は繁盛していた。もう髪が白くなってきている小柄な男だったが妻にも子にも恵まれ、幸せな生活を送っていた。
彼は蛇の害を取り除くのを仕事にしていたが決して蛇を嫌ってはいなかった。それどころか蛇を慈しんでおり、数多くの蛇を飼っている程であった。彼はとりわけ二匹の蛇を可愛がっていた。
一匹は赤い蛇、そしてもう一匹は青い蛇。彼は赤い蛇を赤と呼び、青い蛇を青と呼んでいた。そして日々これを可愛がっていたのであった。
だがそのうちの一匹である赤が死んでしまった。彼はそれを大層悲しみ、他の蛇をさらに愛するようになったがそれでも赤のことは忘れられなかった。
「そんなにお困りですか?」
「ああ」
長年連れ添っている女房にそう答える。声も肩も非常に落胆したものであった。
「あんないい蛇はいなかった」
彼は屋外の蛇を入れている籠を前にこう言った。
「他の蛇もいいがあいつと青は特別だったんだ」
「それは」
「いい蛇だったなあ。よく気がついて」
蛇を自由自在に操れる。その彼が認める程であったのだ。
「あいつがいないとな」
「まあそんなに気を落とさないで」
「だけどな」
女房の励ましにも元気を見せない。
「死んだもんは帰っては来ないし」
「まあまあ」
それでも何とか仕事はこましていた。その日は山寺で蛇を庭から下がらせる仕事を請けた。その仕事自体は彼にとっては簡単でありすぐに終わった。
「流石はこの国一番の蛇使いですな」
「はあ」
高名な住職の言葉にも返事はそろろだった。
「お見事です」
「まあ仕事ですから」
だが住職はそれには気付かない。ただ心から感謝を述べるだけであった。
「ではこれを」
「はい」
半分空ろな気持ちのまま謝礼を受け取る。おして山寺を後にした。
この時彼は青を連れていた。背中に背負う籠の中に入れていたのだ。
「なあ青」
一休みし、腰を下ろしたところで彼は後ろにいる青に声をかけた。
「御前も。ちょっとゆっくりしたいか?」
青はそれに応えるかのように後ろの籠を鳴らした。了承の合図であった。
「わかった。それじゃあな」
チャイはそれを受けて籠を下ろした。そしてそこから青を出してやり遊ばせた。
青はそのまま茂みに入り姿を消したが彼は驚かなかった。いつものことだからだ。
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