決戦3
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噛み締めて呟いた言葉に、カッセルは誇らしげに笑んだ。
そして、視線をアレスからそらす。
誰もいない空を見るように、遠い過去を見るように。
何もない曇天を見つめながら、カッセルは静かに言葉を口にした。
「少尉。なぜ、辞めないかを私に聞かれましたな」
「……ああ」
「家族を守りたい。あの言葉に偽りは…ない。ですが……今、こうして考えると何もそればかりではない気がします」
穏やかな、実に穏やかな言葉。
今にも消えそうな言葉に、誰もが言葉を発せない。
近くの爆音ですら、カッセルの言葉のBGMにしかならなかった。
薄れゆくカッセルを見つめて、彼の――最後の言葉を待つ。
「四十年近く――私は幾人もの死に立ち会ってきました。上司、同僚、部下、良い奴、悪い奴。みな等しく……死の間際に心残りを口にして」
吸い込んだ息が、風音を立てた。
気管が焼けて、満足に息も吸えぬ状況で、ただカッセルは唇を開く。
「理由は違う。わしのように私的な理由もあれば、国に殉じたものもいた。ですが、ですが、誰もが……」
咳き込んだ。
息と共に血を吐きながら、それでもカッセルはアレスを見る。
再び宿る強い意思に、アレスはカッセルの手を握り、言葉を待った。
「誰もが己の望みを、わしに託した」
アレスの眉があがった。
「俺の望みを叶えてくれ。だから、それまで死ぬなと――そう言うのです」
「……随分と」
真っ直ぐな望みに、アレスは穏やかに口の端をあげた。
悲しみを目にしながら、それでも作り笑いを浮かべて、笑う。
「随分と勝手な願いだな」
「まこと。だが、その願いが私の四十年を縛る。勝手なものです――ですが、こうして道半ばで思えば、彼らの気持ちもわかる」
そこで、カッセルは今までにない楽しげな笑みを浮かべた。
笑う。
「この勝手な願いを、少尉にも託してよろしいでしょうか。なに、私は同盟などと大きな事はいいません。ただ……家族が、私の家族が……安心して生きられる。そんな世界を……」
握りしめていた手に力がなくなる。
瞳から光が失われても、かろうじて彼の二つの目はアレスを見ていた。
「お願いします」
爺さん。
問いかけた言葉に、返答がない。
もはや力なく――首が落ちた彼は反応を示さない。
彼の名前を三度読んで、アレスは噛み締めていた唇に力を込めて、そっと瞼を閉ざした。
「返答も待たずに……この、タヌキ爺」
ひきつった表情と共に静かに呟かれた名前の主――カッセルは二度と瞳を開けなかった。
+ + +
「敵もしつこい」
帝国軍の司令部から眼下の状況を見つめて、副司令官マーテル中佐は唇を噛み締めた。
何十回目にもなる突撃はぎりぎりのとこ
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