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妾の子
第四章
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少尉ですが」
「少尉さんかい」
 セツは彼の階級を聞いてこう声をあげた。
「若い人だし。だとすると」
「士官学校を出られた方でしょうか」
「だろうね。市ヶ谷の人かい」
 当時陸軍士官学校は市ヶ谷にあった。その為士官学校卒業者はこう呼ばれたのである。なお当時陸軍士官学校に入ることは東京帝国大学に入ることより困難であった。まさにエリート中のエリートだったのだ。そして陸軍自体も規律厳正であり尚且つ公平な組織ではあった。確かに年功序列や官僚主義等問題があったにしろだ。そうした清潔極まる組織であったのは確かである。人を見る目に関しては甚だ疑問であったが。
「これまた随分な人だねえ」
「憲兵さんですか?」
「憲兵さんが来るような悪いことはしていないよ」
 その自覚はあるセツだった。憲兵は悪い奴をやっつけるものだとおぼろげに思われていた時代である。多分に融通は効かないのは確かだが。
「お金はないけれどね」
「兵隊さんはお金欲しがりませんしね」
「そうだね。じゃあ何で来てるんだろうね」
「おられませんか」
 またその少尉が言ってきた。
「どなたか」
「います」
 カヨがその軍人の声に応えた。
「どなたですか?」
「おられるのですね」
「はい」
 また随分と律儀な言葉のやり取りであった、
「今そちらに伺います」
「あっ、待ちな」
 ここでセツも応えた。
「私も行くから」
「セツさんもですか」
「陸軍さんでもね。男の前に若い娘が一人で出るのは危ないよ」
 そういう用心が為されていた時代である。
「だから。私も行くよ」
「すいません」
「だから。謝らなくていいって言ってるだろ」
 カヨのこうした性格は今もそのままだった。やはり内向きで引っ込み思案な娘のままだった。
「こんな時はね」
「そうでしたね。それは」
「だから一緒に行くよ」
「はい」
 こうして二人で玄関に出た。玄関には長身ですらりとした身体を陸軍の軍服に身を包んだ精悍な青年がいた。引き締まった顔立ちに短く刈った髪がよく似合っている。そんな若者だった。

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