暁 〜小説投稿サイト〜
妾の子
第三章
[2/2]

[8]前話 [9] 最初 [2]次話
ていうのはね」
 まずは自分が持っているお椀の中の素麺を全部すすった。そのうえで奇麗にしてからまたカヨに対して話すのであった。
「生まれて駄目っていうのはないんだよ」
「それはないんですか」
「そうだよ。だってそうじゃないか」
 真面目にカヨに話す。姿勢は元々正座で礼儀正しいものであったがそこで両手を膝に置いた為にそれは余計に引き締まるのであった。
「世の中生まれたくても生まれられなかったりするもんだよ」
「生まれたくても」
「生きたくても生きられない子もいるんだよ」
 当時まだ子供の死亡率は高かった。シャボン玉の歌は生まれてすぐに死んでしまう子供のことを歌ったのである。まだそんな時代だったのだ。
「それでもカヨちゃんは生まれてきたね」
「はい」 
 セツの言葉に弱々しく頷く。
「それで生きてきてるね。今もね」
「そうですけれど」
「誰だって生きていいんだよ。それは間違えちゃ駄目だよ」
「そうなんですか」
「あんたのことはね。知ってるよ」
 言葉が少し穏やかになった。語る顔も微笑んでいる。
「うちの人の子供で。お母さんも」
「ええ」
「けれどね。そんなことはどうでもいいんだよ」
 自分でも出て来たのが不思議な言葉であった。
「そんなことはね。いいかい」
「はい」
 またセツの言葉に頷いてきた。今は彼女の顔をじっと見てきている。
「あんた、生きなくちゃ駄目だよ。胸を張ってね」
「胸を張ってですか」
「あんたに何か言う奴がいたらあたしが許さないから」
 これは啖呵だった。
「これはよく覚えておいで。妾の子なんてのも言わせないから」
「けれど私は」
「世の中一杯いるさ」
 またしても啖呵であった。
「妾の子なんてね。それがどうしたんだい」
「どうしたんだいって」
「あんたはうちの亭主の子さ」
 もうそれでいいと思った。だからこそ出た言葉であった。
「それだけさ。いいね」
「はい・・・・・・」
「わかったら胸張って食べるんだよ」
 こう言い聞かせてまた食べるように勧めた。
「折角あんたが作ってくれた美味しい素麺なんだ。あんたが食べなくてどうするんだい」
「わかりました。それじゃあ」
「何だったらずっといていいんだよ」
 これまた自分でも内心驚いた言葉であった。
「この家にね。ここにいる限り下手なことはさせないし言わせないしね」
「ここにいればですか」
「私だってね。覚悟はあるんだよ」
 もう素麺を取っていた。それを自分のお椀のつゆにつけながらカヨに語る。

[8]前話 [9] 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ