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蒼き夢の果てに
第5章 契約
第84話 あなたを……愛している
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ずっと見つめ続ける湖の乙女。
 感情と言うものをそぎ落とした、彼女に相応しい普段通りの瞳で。

 ……って、オイオイ。

「あの、これから着替えるから、出来る事なら部屋から出て行って欲しいんですけど……」

 最初の頃タバサは俺の目の前で平気に着替えようとしたけど、湖の乙女に関しては、殆んど着替える必要すらなかったのであまり気にした事はなかった、……のですが。
 もっとも、風でスカートの裾がひらめいても表情ひとつ変える事がなかった例から類推すると、そう言う人間として……。いや、男性としての俺の機微も教える必要が有りましたか。

 その言葉を聞いた瞬間。
 何と言うか、本来、この年齢の男子とすれば真っ当な要求をした心算なのですが、この言葉を聞いた瞬間の彼女の反応は、俺が間違っているんじゃないかと思うような複雑な気を彼女は発した。
 多少の反発と、否定。反発は、おそらく俺が暗に部屋から出て行けと言う事に対して。
 否定に関しては良く判りませんが。

 しかし……。

 しかし、直ぐに普段通りの安定した彼女を取り戻し、ゆっくりと扉に向かって進み始める湖の乙女。
 其処から後一歩進めばドアノブに手が届くと言う所まで進み、ふと何かを思い付いたように其処で歩みを止め、再び俺の方へと振り返る彼女。

 何事かと思い、彼女を見つめていた俺の視線と、彼女の視線が今、交わる。
 そして、僅かな躊躇い。しかし、意を決したかのような気配を発した後、

「あの夜に見上げた蒼穹を覚えて居る?」

 ……と問い掛けて来た。
 ある種の色に染まったその問い掛けを。

 それは期待。それに、愛。そして……。
 そして、何故か哀。

 意味不明。しかし、何故かゆっくりと首肯く俺。

「風花の舞う冷たい世界の中心で、オマエを胸に抱いた状態で見上げた蒼穹の事なら、今でもしっかりと覚えて居る」

 問い掛けて来た彼女から視線を逸らし、在らぬ場所に視線を定めた俺がそう答えた。
 自分の口から出て来た言葉とは思えないような内容の言葉を……。
 誰の記憶か判らない。少なくとも、俺自身が経験した出来事ではない内容の言葉を。

 微かに。しかし、明らかに誰が見ても判るレベルで小さく首肯く彼女。
 その瞬間、思わず彼女に駆け寄り、そのまま抱きしめたい衝動に駆られる俺。しかし、これは多分、自分ではない誰かの想い。
 右手だけが空を掴み、踏み出そうとした右足を意志の力でその場に無理に抑え付ける。

 振り返った時と比べ、その三倍ほどの時間を掛けて扉の方に向き直る湖の乙女。
 ドアノブに右手を掛け、しかし、僅かに俺の方を顧みる彼女。

 そして、

「わたしの事を嫌いに成らないで欲しい」

 右側の瞳だけに俺の姿を映し
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