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嘆き
第二章
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が。事実だ」
 皆呆然として動けない。身体がすくんでいる。死者でありながら彷徨い歩き部屋を出ようとする法善に対して何もできなかったのだ。
「今こうして僧正様は鬼になられたのだ」
「鬼に」
「それではもう」
「どうしようもない」
 思いを必死に振り切るようにしての言葉だった。
「鬼になられたのだ。最早そうなってはもう」
 どうしようもないと言うばかりだった。法善は寺を出てそのまま法宝の前に至った。そこの前にずっと立ち人が来たならば恐ろしい目で見据えて言うのだった。
「法宝は誰にも渡さん」
 こう言うのだった。
「わしが育て慈しんできたのじゃ。その法宝は誰にも」 
 渡さないというのだった。生前の嘆きがそのまま妄執になり法宝の墓の前で留まるのだった。近寄ればそれだけで恐ろしい祟りがあり多くの者が病に倒れるようになった。この話もまた江戸にまで伝わり自然と信綱の耳にも入ったのだった。そして将軍の耳にも。
「伊豆よ」
「はい」
 この時の将軍は三代将軍家光である。家康の孫であり幼名は彼と同じ竹千代であった。弟との間で後味の悪い家督争いもあったが今ではこうして将軍になっている。その彼が信綱に対して声をかけたのである。今二人は小姓が側に控える将軍の間にいる。
「信濃の話だが」
「上様の耳にも届いていましたか」
「恐ろしいことになっておるそうだな」
「はい」
 家光に対して一礼してから述べる。今彼は家光の前に控えている。
「法善殿が。亡くなられ」
「鬼となって弟子の墓を守っているのだな」
「その通りです。そして近寄る者に祟りを与え害を為しております」
「僧正のことは余も聞いていた」
 家光はゆっくりと口を開いて述べた。
「素晴らしい学識と人徳を併せ持っていたそうだが」
「ですが愛弟子を失いその嘆きで」
「で、あるか」
 家光はそこまで話を聞き祖父や父よりもむしろ織田信長の姪である母のそれを思わせる細面で秀麗な顔を頷かせた。髭も薄く実に整った顔である。
「人とは。わからんものだな」
「左様で」
「高僧が死して鬼になるとはな」
「それが為に民の多くが祟りで病に臥せっております」
「それこそ見過ごすわけにはいかんな」
 ここで家光は言った。将軍としての責務が彼をしてこう言わせたのであった。
「早速手を打とう。伊豆よ」
「はっ」
 信綱は鋭い声で家光の言葉に応えた。
「いつものそなたの知恵を借りたい。何かあるか」
「鬼を成仏させるべきかと」
「鬼をであるか」
「左様です」
 こう家光に対して述べたのであった。
「鬼となったのならば。やはりそれしかありませぬ」
「わかった。しかしだ」
 家光は信綱の話を聞いたうえでまた言ってきたのだった。
「僧正だ」
「はい」
 問題はここであった。

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