第三章 始祖の祈祷書
第三話 溢れゆくもの
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学院長室の中、オスマン氏は王宮から届けられた一冊の本を見つめている。
オスマン氏が見つめる先の本は、一言で言うならば『ボロい』であった。古びた革の装丁がなされた表紙はボロボロであり、少し触れれば破れてしまいそうである。中も同じく開けば羊皮紙は色あせ茶色くくすみ、最早元の色を伺い知る事は出来ないでいた。
ふむ……と呟きながら、オスマン氏はページをめくる。視線の先―――そこには何も書かれてはいなかった。本の厚さからおよそ三百ページはあるだろうその本の中身は、どのページにも何も書かれてはいない。
「これがトリステイン王室に伝わる“始祖の祈祷書”……ふむ、ボロじゃの」
六千年前―――始祖ブリミルが神に祈りをささげた際に読み上げた呪文が記されていると伝承には残ってはいるが、呪文のルーンどころか、文字さえ書かれていない。
「まがい物じゃないのかのう?」
オスマン氏は胡散臭げにその本を眺めた。偽物……この手の“伝説”の品にはよくあることである。それが証拠に、一冊しかないはずの“始祖の祈祷書”は各地に存在する。金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室……いずれも自分の“始祖の祈祷書”こそが本物だと主張している。本物か偽物かわからぬ、それらを集めただけで図書館ができると言われているぐらいだ。
「しかしまあ、まがい物にしてもひどい出来じゃ。文字さえ書かれておらぬではないか」
オスマン氏は、各地で何度か自称“始祖の祈祷書”を見たことがあった。中には全く解読出来ない文字が羅列されているものもあったが、大抵は祈祷書と呼べる体裁を整ってはいた。しかし、この本には文字一つ見当たらない。これではいくらなんでも“祈祷書”とは呼べ無いのではなかろうか。
オスマン氏がブツブツと“始祖の祈祷書”を見ながら呟いていると、部屋の隅に置かれた机に座り、黙って仕事をしていたロングビルが、オスマン氏に振り返った。
「オールド・オスマン……文句を言うなら心の中で言ってください。ハッキリ言って五月蝿いです」
ロングビルは、トントンと指で机を叩きながら、いかにも『私は今、とてもイライラしています』とでも言うような所作でオスマン氏に文句を言う。
「なんじゃいそんなにイライラして、生理かの?」
オスマン氏がロングビルの態度を全く気にせずに、飄々とした態度で答えると、ロングビルはドン! と机に手を叩きつけ完全に据わった目でオスマン氏を睨みつけた。
「オールド・オスマン……それはセクハラですよ」
「うっ……すまんかった」
ロングビルの『今、この場で死ぬか?』、とでも言うような視線に、オスマン氏は体を小刻みに震わせながら、怯えた表情でロングビルに謝った。
「誓約書のことを忘れていませんか」
「ううっ……だ
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