九幕 湖畔のコントラスト
10幕
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「パパ!?」
エルが駆け出す。フェイも続きたかったがタイミングを逃した。
ただ立ち尽くして見守っていると、父が苦痛から払った腕にエルがたたらを踏んだ。拍子に落ちる、父の黒い仮面。
フェイは、エルは、見た。
ヴィクトルが押さえた右の顔面から、時歪の因子の黒煙が噴き上げているのを。
「ふふ、……怖いか?」
黒煙を噴く半面は押さえたまま、もう片方の面は慈しみ深い笑みを刷いて、ヴィクトルは姉へと歩み寄って手を差し伸べる。
「だがカナンの地へ行けば、この姿もなかったことにできる。パパとエル、二人で幸せに暮らせるんだよ」
「……パパとエル、二人、だけ?」
「そうだよ。――ああ、ママが心配なんだね。大丈夫。今度はきっとママも一緒にいられる。家族3人、正史世界で今度こそ」
「ちがうよ! フェイは!? フェイはエルの妹だよ。フェイだって家族でしょ」
ヴィクトルの左目から温度が消えた。
ヴィクトルは差し伸べていた手で、そのままエルの腕を固く掴み、エルを抱き上げた。黒い右の顔面が露わになる。
「パパ…!?」
「あれは要らない。あれは元々パパの子じゃない。エルの妹でもないんだよ。パパにはお前がいてくれればいいんだ、エル。お前だけが俺の〈エル〉、私の娘だ」
一言も、一瞥もなく。
父はここにフェイの全存在を殺した。
「何てことを……っあなたは!」
「――ジュード。みんなも。もういいよ」
フラットな自身の声。思ったより動揺していない? 否。悲しすぎて辛すぎて痛すぎて、ココロが稼働を拒否したのだ。
「とっくに知ってたよ。パパがわたしのこと大キライだって」
(ウソだよ。本当はたったさっきまで気づかなかった。本当の意味で分かってなかった)
「さっきのスープ。ちっとも味がしなかったの。昔からそうだった。パパのゴハンは、どんなにおいしくても味がしない。オカシイこと言ってるの分かってる。でもそうだったんだもん。だから分かった。パパがわたしを嫌う気持ちは少しもなくなってなかったんだって」
(笑え。何でもないことみたいに笑え、わたし)
「最初からフェイはこのおうちにいちゃいけない子だった。産まれる前からイラナイのが決まってた。だからね、フェイなんかのことでお姉ちゃんが悩むヒツヨーないんだよ。フェイなんかと違って、お姉ちゃんはパパが望んだたった一人なんだから」
エルがいる。パパと思っていい、と言ってくれたルドガーがいる。フェイの心を案じるジュードがいる。
だから、もしかしたら、ひょっとしたら、と期待した。
父も少しはフェイをふり向いてくれると、心の奥で信じてしまった。
(信じても祈っても報われないって王様に言ったわたし自
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