第十二章
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スに入った。ここまで両チーム共無得点である。
「今日はこのまま川村でいくつもりかな?」
「そうじゃないの?今日は調子がいいし」
観客はそれを見て囁きあった。
だがそれはなかった。八回先頭打者の松井にヒットを許し大友が送り一死二塁となる。打席には左の高木。西武にとっては先制のチャンスだ。
「よし、ここで打てばヒーローだぞ!」
東尾はバッターボックスに向かう高木に対してハッパをかけた。こういう時の東尾の声は非常に大きい。権藤はそれを黙って見ていた。
「今だな」
彼はそう呟くとベンチを出た。
「おや、交代か?」
観客達はそれを見て呟いた。
「川村を最後まで引っ張らないのか」
権藤は背中からそれを黙って聞いていた。そしてマウンドにいる川村に対して声をかけた。
「今までよく投げてくれた」
「はい」
温かい言葉だった。川村はそれに対して頷いた。
「ピッチャー交代」
権藤は川村に声をかけたあとで審判に交代を告げた。
「誰だと思う?」
一塁側スタンドにいる観客達は予想を言い合った。
「阿波野じゃないのか?相手は左の高木だし」
「だろうな。このシリーズの阿波野は絶好調だ」
予想通りだった。リリーフカーに乗ってきたのは阿波野だった。彼は権藤の見守る中投球を開始した。
「やっぱり阿波野か」
東尾はマウンドの彼を見て呟いた。高木のあとは鈴木健、予想された継投であった。
「まあいい。思いきり振っていけ」
かれは作戦を伝えた。高木はそれに頷いた。
だが粟野は絶好調であった。高木をセカンドゴロに打ち取り次の鈴木健もレフトフライとした。西武の攻撃はこれで終わった。
チャンスを作りながらも得点ができない。こうした状況はピッチャーにとっては大きな精神的負担となる。西口は顔にこそ出さなかったが内心追い詰められだしていた。こうした時の彼は危険だった。これが巨人の桑田真澄のように安定感の強いピッチャーや阪神の井川慶のように図太いピッチャーなら問題はなかっただろう。彼等はあくまで自分の力と技で相手を抑えてみせると飲んでかかれるからだ。
だがそれが出来ないピッチャーもいる。精神的に脆いピッチャーは特にそうだ。やはり西口は精神的にはそれ程強くはない。覇気がないとも言われるが投手特有の繊細さが特に出ている男なのである。
八回裏の横浜の攻撃である。まずはこのシリーズで散々苦しめられた石井を三振にとった。次のバッター波留を四球で歩かせる。ここで石井以上にこのシリーズでは痛めつけられている鈴木を迎えた。
「走らせはしないぞ」
キャッチャーボックスに座る中嶋は一塁にいる波留を見た。石井程ではないが彼も脚は速い。警戒が必要であった。西口にはバッターにだけ集中させた。そうでなくては到底打ち取れる相手ではなかったからである。
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