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ヒゲの奮闘
第六章
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最後まで阪神のことを想いながら。
「阪神をトコトンまで愛してくれたしな」
「ホンマに阪神が好きやったからな」
 引退試合では江夏達に肩車をされて一塁側まで来たのだ。ライトスタンドラッキーゾーンのブルペンから。皆その時のことを思い出していた。そしてもう一人のことも。
「ヒゲもおったな」
「そやったな」
 その村山とバッテリーを組んでいた辻のことも思い出した。
「あの時はやってくれたな」
「あの時もや」
 かって引き分けになったあの試合のことを思い出していたのだ。脳裏にあの時のことが鮮やかに蘇る。まるで昨日のことであるかの様に。
「あいつも、もうおらへんねんやったな」
「今頃天国で村山と一緒に野球やっとるで」
「そうか、天国か」
 中にはどうしても辻がもういないことが信じられない者までいた。あの明るい笑顔がもうこの世のものではないことが信じられないのだ。
「今にもベンチから出て来そうやのにな」
「プロテクター着けてな」
「その辻も。おらんのやな」
 急にもの悲しい気分になる。
「村山も」
「昨日まであそこで投げて、打ってたような気がするのに」
「もう。おらへんのか」
「いや、そらちゃうで」
 悲しくなったところで誰かが言った。
「辻も村山もおるで」
「何処にや」
「ここにや」
 その誰かが言った。
「あいつ等は今でもここにおる。だからわし等もあいつ等のことを覚えとるんや」
「そうなんか」
「そや、見えへんか?」
 彼は他の者にこう問うた。
「あいつ等がおるのが」
「あいつ等が」
 皆その言葉を受けてマウンドに目を凝らした。
 すると不思議なことにそこに村山がいた。そして辻も。二人は何か話をしていた。
 分かれてそれぞれの位置につく。村山が投げ、辻が受ける。懐かしい場面がそこにあった。
「ほらな」
「ああ」
 辻は笑っていた。あの闊達な笑顔で笑っていた。彼等は今それを見ていたのであった。
「あいつ等もあそこにおる」
「わし等、何時でもあいつ等と一緒におるんやな」
「そや、阪神がある限りな」
「阪神がある限り」
「ずっとや」
 旅立った筈の戦士達がそこに集い、また野球をしている。阪神のユニフォームを着て。それが見えるのもまた甲子園である。
 ここには理屈はない。ただ野球があるだけである。戦士達の心は何時までも残っている。辻も村山もファン達も。彼等は阪神タイガースという球団が、甲子園がある限りそこにいるのだ。


ヒゲの奮闘   完

                  2006・6・24

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