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ヒゲの奮闘
第五章
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それは『気』である。これの強い弱いはピッチングに大きく影響するのだ。
 村山はその闘志で相手を捻じ伏せてきた。江夏は勝負師としての度胸だ。それぞれ持っていたからこそ彼等はエースになれたのだ。逆に言えばこれがないとピッチャーとしては難しい。巨人時代の新浦寿夫がなかなか大成しなかったのもこれだ。彼は気が弱かったのだ。
 辻にはそれがよくわかった。伊達に村山とバッテリーを組んできたわけではない。彼は狙っていた。動揺する三好が絶好球を投げるのを。
 三球投げ終わった。カウントはツーストライクワンボール、あと一球で終わりだ。それを見てファン達はいよいよ駄目だと諦めた。
「あと一球やぞ」
「もう終わりやな」
「はかない夢やった」
「ああ」
 そんなことを言っていた。だがその中で辻の様子に気付いている者もいた。
「待たんかい」
 彼は言った。
「どないしたんや?」
「辻はまだ諦めとらへんで」
「ホンマか?」
「ああホンマや、その証拠に目が死んどらへん」
「目が」
 見ればその通りであった。彼はカウント的には追い込まれていたが全く動じてはいなかった。むしろ三好の方がオドオドとしている。ファン達はそんな辻を見てまずは彼を見ることにした。
「若しかするとや」
「やってくれるかな」
「辻やからな」
 意外性の男である。だから期待を覚えた。彼等は辻の打席をじっくりと見た。
 三好の四球目が放たれる。ボールはやはり弱かった。そしてこれこそが辻が狙っていたものであった。
「よし!」
 狙い済まして打つ。打球は快音と共にセンター前へ弾き返される。これでランナーが二人返った。土壇場で見事同点となったのであった。
「よっしゃ!」
「ダイナマイト打線の復活や!」
 誰かが懐かしい言葉を口にした。
「辻、あんたはやるなあ!」
「その髭は伊達やないな!」
 彼は今一塁ベースでコーチである後藤次男から褒められて満面の笑みを浮かべていた。ナインもファンもそんな彼を笑顔で見ていた。
 試合は結局同点のまま終わった。だが阪神ファンにとっては勝ったような嬉しい試合であった。負け試合を見事引き分けにしたのであるから。
 その試合からもう四十年経とうとしている。その時甲子園にいた人達は今も甲子園に来ている。
「あれから色々とあったなあ」
「ああ」
 彼等ももういい歳である。孫どころか曾孫がいそうな者までいる。

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